海黄


(コレと続いてたりいなかったり)

 黄瀬にとっては初めてのW・Cが終了した。三年生にとっては最後の大会だ。それから間もなくして西暦が変わる。
 そんな大晦日の日、黄瀬は嘗てのチームメイト達と朝からストリートバスケを楽しんでいた。

「みんなで初詣に行きませんか?」

 非公式な上に遊び半分と言えども三試合目となると直ぐにバテた黒子は早々にベンチに戻った。五対五のゲームがそれにより五対四になる。桃井が黒子にタオルやドリンクを渡しながら労いの言葉を掛けた。
 そうして一息ついた頃、黒子が先程の言葉を吐いたのだ。長年アメリカに居た火神と氷室は「初詣」と言う単語にいまいちピンと来ていないようだ。

「あの『ちとせあめ』とかが食えるやつか?」
「ぶはっ! それって七五三じゃねーの?」
「違うのかい?」
「室ちんの歳じゃもう食べられないよ」
「それはお前にも言えることなのだよ、紫原」

 真面目な顔をして言う火神がツボに入ったのか高尾はお腹を抱えて笑い出す。氷室も首を傾げる。どうやら彼も至って真面目のようだ。

「いいね! みんなで行こうよ! 赤司君達もまだこっちに居るんでしょう?」
「ああ、そのつもりだ」
「氷室さんも桜井君も高尾君もかがみんも! 一緒にお詣りしよっ?」
「スイマセンスイマセンっ! 僕なんかが一緒でスイマセンっ」
「年の締めも新年もそれかよ、良」

 盛り上がる集団の中から外れて黄瀬はそれをぼんやりと眺めていた。それに気付いたのはこの中で最も視野の広い高尾だ。

「どしたの? 黄瀬君が一番はしゃぎそうなのに」
「えー……そっスか?」

 へらりと笑った顔は「心外だなー」と語るが、しかしどこか力無いものだった。

「あ、オレそろそろ帰るっス」

 荷物を持って出入り口へと足を向ける黄瀬に青峰が眉を顰める。

「あ? 一緒に帰んねーの?」
「オレが帰るのは神奈川っスよ」
「……は?」

 にこりと口元だけ笑ってフェンスの一歩向こう側へと移動した。扉を閉める際、隔てられたそちら側からベンチ周りに集る集団に向かって声を掛ける。

「みんなとは行けないっス」

 それじゃあ良いお年をー。なんて在り来たりな年末の挨拶を口にして、その場を離れた。
 丁度県境を越えて神奈川へ入った時だ。黄瀬のスマホが数回震えた。

「森山センパイ?」

 受信ボックスを開けばつい最近引退したばかりの先輩から「お前今どこ?」と言うタイトルでメールが届いていた。開けば一行目に「まぁ、別にそれはどうでも良いんだけど」とある。末尾にはどことなく苛立たせるような顔文字が入っていた。
 本題は三行目からだ。
「明日、初詣に行くぞ!」それだけだった。
 二行目は空白で改行しか入っていないから、三行メールと言うよりは二行メールだ。それなのに黄瀬の口角は上がっている。
 二年前はどんなに良くても一行だった。一年前は返信があれば良い方だった。今年は、送る回数もうんと減ったが別段返って来ずとも何とも思わなかった。「海常」でグループ分けされた人達から届けばそれだけで良かった。

「もしもし森山センパイ? 出来ればもうちょっと詳細に書いて欲しいっス」

 駅に着いて改札を抜けるよりも早く送信者に電話をする。すると向こうでは面白おかしそうな笑い声が聞こえて来た。それから、電話の持ち主以外の声もあることに気付く。

『うるっせーよ森山! 変われっ! あー黄瀬?』
「え、笠松センパイ?」
『ジャージ着てこい。初詣の後バスケするぞ』

 私立だから二月に入れば三年は自由登校になる。そして卒業まであっという間だ。今、黄瀬の胸の内を占めるのは海常の事だった。

『後、年越しも一緒にするから今から言うところに来い。場所は――』
「えっ? え? 待って。待ってセンパイ。ちょっと待って!」

 地方から来た下宿暮らしのチームメイトの家に集まっているらしい。そんなに集まって大丈夫かと問えば、「そこの管理人に黄瀬涼太も来るっつったら快く了承してくれたから安心しろ」と言われた。勿論その後に、少しの時間管理人に黄瀬が貸し出されることになっていると言われてしまったが。
「笠松センパイが付き添ってくれるんスよね!」と言えば暫し訪れた沈黙の後「仕方ねー」と溜め息混じりに言われたので「今から行くっス」と通話を終わらせた。
 それが十数時間前のことだ。
 プライベート用に買ったジャージは青色だった。それも知り合いのスタイリストにも頼んで探してもらった一品である。どうしても色に拘りたくて、類似の色も系統の色でもなく、同じ色が欲しかったのだ。そうして漸く手に入れた時には既に入部から半年が過ぎていた。

「一瞬海常のジャージ着てるのかと思ったよ」

 小堀が驚きながらそう口にするように、黄瀬が身に纏うそれは海常色だ。小堀に言われた言葉が嬉しくて黄瀬は上機嫌を露わにしている。

「お前どんだけ海常が好きなんだよ!」

 言葉に、ら行が無いからかすんなりと聞き取れた早川の言葉に黄瀬の笑みが一層嬉しそうに破顔する。

「好きっスよ。だーい好きっス!」

 海常も、センパイも、チームメイトも。流石に恥ずかしくてそれは言葉に出来なかったが、それでも恐らく伝わっているのだろう。彼らの表情が嬉しそうな、けれどもどこか恥ずかしそうな色を見せていた。
 人で賑わう賽銭箱の前に漸く辿り着く。五円か十円か。黄瀬が取り出したのは表に八重桜が掘られた硬貨だった。
 バスケをすると言っていた。軽いアップも兼ねて年を越した下宿先から神社まで走った。だから長袖長ズボンのジャージの中はハーフパンツと半袖だ。二年前の時とは大違いの軽装である。それなのに、何故か今年の方が暖かく感じた。
 鈴の音よりも濁った音がする。賽銭箱に硬貨が落ちる音、人の会話、それらがやけに鮮明に感じた。それよりもクリアなのは――。

「よぉしっ! じゃあコートのある公園まで走るぞ!」
「おうっ!」
「はいっ!」

 笠松の指示に全員が返事をする。もう引退したのだから主将ではないと言った笠松だが、どうしてもと後輩が縋った。笠松の厳しい声で新年を迎えたいのだと。
 彼の声は部活中常々思っていたことだが、身を引き締める効果がある。気合いが入る。背筋が伸びる。何より安心する。

「センパイ」
「あ?」
「誘ってもらえて、嬉しかったっス」

 改めて感じた。海常が好きだと再認識する。この人達とこれからもバスケをしていきたいのだと、胸の奥から湧いて来た。
 二年前、独りで黄瀬は自分の為に祈った。可笑しくなる関係をどうにかしたくてただただ祈った。一年前、嘘吐きの神様にお願いする事もないと不貞腐れて行かなかった。
 そして今年はごめんなさいと謝罪した。謝罪して、許しを得たのかどうかは分からない。それでも彼は願った。今度は独り善がりの物ではなく、大切な人の為に。

――海常のみんなが無事に一年を過ごせますように……。

 優しい彼らが大切だから。
 怪我をしていても、負担が掛からないように考えてくれている彼らが何よりも大事な存在にさせてくれた。それに気付かせてくれた。

(だから、今度こそ)

 絶対に手放さない。



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