佐久源
佐久間の話はいつも唐突で突然で脈絡が無い。
それは今日も例外ではなかった。
「おい、源田」
「どうした佐久間?」
イナズマジャパンとして招集されライオコット島に居る佐久間が「試合を観に来た」と源田からメールで連絡が入って直ぐに「イナズマジャパンの宿舎に来い」と電話をした。
その驚く程の強引さと行動力に未だ佐久間のことを良く知らない者達からは、「流石帝国の参謀」と言われ感心されていたのを鬼道は見て見ぬ振りをしている。
そして源田も源田で律儀にちゃんと宿舎まで訪ねて来ているのが何だか涙ぐましくも思える。将に忠犬である。
そして今は練習の合間にある、所謂束の間の休憩というやつだ。
「お前、自分の名前言ってみろ」
「げん……」
「苗字じゃねぇよ。名前だって言ってるだろ。下の名前だバカ。ファーストネームだよファーストネーム。はいもう一回」
「……幸次郎」
理不尽な佐久間の言葉も効いているのかいないのか、源田は少し間を置いて答える。
「俺の名前は?」
「次郎」
今度は即答に近い程すんなりと答えたからか幾分か佐久間の機嫌が良さそうだ。
しかしそれを感じているのは元チームメイトであった鬼道と不動、何度か対戦経験を持ち比較的視野の広い豪炎寺、そして風丸。
けれども矢張りその先を読めるのは元チームメイトの二人だけである。佐久間の無茶振りを予想した者だ。
「じゃあ、答えろ」
「すまん、質問の意味が分からない」
それもそのはずである。
何せ佐久間は質問内容を一切口にしていないのだから源田の反応は当然のことだ。
しかしそれが気に食わないのか佐久間の機嫌が再び損なわれた。
「鈍いにも程がある!」
「ワンマンにも限度があるぞ」
お互い視線を交えたまま一歩も引かない状態が続く。そろそろ休憩時間も終わりに近付いている。
「つまり」
そこで漸く佐久間が口を開いた。
「お前は生まれた時から、俺によって幸せを与えられる側だってこと!」
佐久間が言い終わるのとほぼ同時に、見計らったかのようなタイミングでホイッスルが鳴った。しかしフィールド内に足を踏み出したまま動きを止めてしまう者が多数居る。
半ば叫ぶように吐き捨てられた言葉は、見方を変えればただのプロポーズとも成りうる。
佐久間と源田に数多の視線が集まる中、ただ一人――源田だけが目を大きく見開いてわなわなと唇を小刻みに震わせていた。
顔に熱が集中し出すのが分かる。
「帰り道、気をつけろよ」
そう言って佐久間はサッと背を向けるとフィールド内へと入って行った。
それが何だか悔しくて――
「次郎と幸せを共有することが俺の幸せなんだからなっ!」
「なッ、ん……っ」
佐久間の背中に届いたいつもより大きい声に反応すれば、振り返った時には既に発言者の姿はフェンスの向こう側へと移動していた。一度も振り返らず、その背中は直ぐに小さくなりやがて見えなくなった。
じわじわと体に火照りを感じる。
「ッのヤロウ……」
珍しい不意打ちに心臓が大きく脈を打つ。そこから体中に熱が勢い良く駆け巡っている。
ぐしゃりと顔が隠れるように髪の毛を掴む。
その下に隠された熱を、誰にも見せないように。そっと笑った。