不源
汗臭い体臭が石鹸の香りに包まれ、最終的には各々が持つ精汗スプレーの匂いへと変化を遂げる。そこまではいい。
何が不満なんだと言われれば、それは矢張り――。
「……臭い」
フィールド内で最後まで片付けや忘れ物が無いかとチェックをしてからシャワーを浴びた為、源田はいつも最後に更衣室にやって来ていた。
そしてその間に他のチームメイトは殆どが着替え終わっていたり最終段階に入っていたりする。
しかしその光景を目の当たりにする時は必ず開けたドアから様々な香りの混ざったニオイ――最早ただの悪臭――が鼻孔を刺激するのだ。
「くさい」
「は? だったらもっかいシャワー浴びて来いよ源田」
「俺はこの部屋が臭いと言っているんだ佐久間」
常に加害者でありながら全くその自覚がない佐久間は今日も相変わらずワンマンな態度だ。
「成神、洞面。スプレーで遊ぶなと前にも言っただろう?」
「ごめんなさい、源田先輩」
「ごめんなさーい」
まるで銃撃戦のように互いに相手に向かって噴射していた一年生は、源田が窘めると素直に謝罪する。そして早急に鞄の中に遊び道具と化していたスプレーを片付けた。
「寺門、いくら暑いからといって必要以上に噴射しないでくれ」
「ああ、悪い」
「辺見。サ●ンパスのスプレーは出来れば隣の部屋でやってくれないか? 臭いが混ざって……」
「え、ああ……っておい! 泣くほどかよ!」
辺見の焦った声にそれまで着替えていた面々が一斉に源田の方を見る。
未だに開いたままの入口の所で立っている彼の目には、うっすらと涙が膜を張っていた。
「オイコラデコ。何俺の源田を泣かせてくれちゃってるんだよ」
「デコ見先輩サイッテー」
「辺見先輩が源田先輩を泣かせたーっ」
「辺見、確かにこの空間でのそれは無いよな」
「何なんだよ! 俺かよ!? 佐久間だってさっき足にやってただろうがッ! 成神も洞面もお前ら後で覚えてろよ。おい寺門、俺だけに言うなよ! 佐久間も万丈も五条も恵那先輩もやってただろうが! 俺の前に!」
一斉口撃を受ける辺見であったが日常茶飯事と言うのもあってか反論はお手の物である。息巻く彼の反撃はノンブレスだ。
そんな辺見に佐久間や成神が突っかかる。
これも日常化していることだがヒートアップしては後々面倒なので涙を拭いながら止めに入ろうと源田が腕を伸ばす。
直後、その手を掴まれ部屋の外に向かってぐい、と引っ張られる。
「え? ……あ、不動?」
「放っとけよ」
そのまま廊下へと出たが突如投げ出される荷物を慌ててキャッチする。
伊達に帝国学園の正GKをしていない。反射神経と瞬発力には目を見張る物があった。
「これ……、俺の?」
「着替えるだけなら何処でも出来るだろ」
「まあ、そうだが」
「だったらわざわざあんなクッセェ所でやらずとも空いてる部屋を使えば良いだけの話だ」
「それもそうだな」
どうやら不動もあの空間のニオイには辟易していたらしい。先を行く背中を見てクスリと笑った。
同じだ。そう思った。
「不動はつけないんだな」
「ニオイに別のニオイ混ぜてどーすんだよ。余計臭くなるだけだろ? あの部屋みたいに」
只でさえ此処の備え付けの石鹸類は無駄に匂い付なんだ、と適当に吐き捨て、適当な部屋のドアを開ける。
電気を点けるとそこは試合を組んだ時に相手チームに使ってもらう選手控え室だった。
そんな所まで歩いていたのかとも思ったが、着替えられれば何処でも良かったし、何より異臭を放つ空間に居るよりはずっと良い。
「じゃあ、今、俺と不動は同じ匂いなんだな」
備え付けのシャンプーやボディソープを使用しているとあらばそれは必然的に同じ匂いを纏っていると言うことになる。
佐久間達は各々スプレーで匂いを吹きかけていたので、同じ物を使っていてもそれの匂いは恐らく消えてしまっているだろう。
着替え始めた二人だけの空間には、ほんのりとシャワールームと同じ匂いが漂っていた。