寺源
NJ――ネオジャパン――が毎日招集されなくなったのは数ヶ月前だ。
理由は各々が所属している部の活動が忙しくなったことが大きい。それらを考慮して、監督である吉良瞳子は休日のみに限定していた。
しかし、彼女には大きな誤算があった。それは彼らの中にあるNJがどれ程の割合を占めているのか、だ。
毎日招集されなくなっても、毎日部活があっても、毎日その足でNJの練習場所に向かう。それがNJである。
そして今日も例外なく源田と寺門はそこへ向かっていた。
「なあ寺門、成神は?」
「先に行くって、部活終わった後さっさと着替えて出てったぜ」
ほら、と言って寺門が肩に掛けているエナメルのバッグから取り出したのは成神愛用の「ふわふわメリーさんシリーズ」のタオルだ。
「忘れ物か。珍しいな」
「またいつもの奴らと誰が一番に着くか競ってるんだろ」
「ああ、霧隠と幽谷だな」
メンバーの中で最も元気のある二人の顔を思い浮かべてふふっ、と笑う。
この二人と一緒に居る時の成神は「帝国学園サッカー部 成神健也」の顔ではなくなる事を源田は感じていた。一年でベンチ入りをしたからか、ベンチ入りを逃した者と距離を置いているような気がしてならない。実際、そうなのだ。
そんな中でNJと出会い、そして彼らと出会った。
人見知りと言うよりは警戒心が強い成神は、顔合わせの時もそれは変わらなかった。
信用出来るのは源田と寺門、そして自分だけであると彼を纏う空気が語る。しかしそんなもの霧隠の前では無に等しい。
そして唯一同学年である幽谷と出会い、彼がその小さな背中に背負う大きな物の存在を知り、打ち解けて行ったのだ。
「あいつはもっと視野を広く持つべきなんだ」
「成神か?」
「ああ。まだ一年だからと言って甘やかしてばかりもいられないな」
「それをお前が言うのか」
笑いながら言う寺門に少しムッと口をへの字に曲げる。口には出さないがその表情からして「どういう意味だ」と訴えかけていた。
「どうもこうもそのままの意味だ」
「益々分からん」
「お前、自分でどう思っているのかは知らんが相当甘やかしてるぞ」
「そんなことは……」
「帝国の時はそうでもないさ」
意味深に笑う寺門に源田の頭には疑問符が浮かぶ。
「NJの時は甘やかしていると?」
「自覚無いだろ」
「……無い」
「やっぱりな」と苦笑しながら言う寺門はどこか愉しげである。
ふと携帯を開いて時計を確認している寺門が小さく「おっ」と声を上げた。
どうしたのかとそちらを見れば、どうやらタイミング良く電話が掛かってきたらしい。寺門が携帯を耳に押し当てる所だった。
「どうした?」
相槌を打ちながら源田に先程のタオルを上下に軽く揺らして電話の相手を伝える。なるほど、と納得した源田は小さく頷いて伝わった旨を示した。
「ああ、……了解。ん? 分かってるって。ああ。じゃあな」
通話を終わらせた寺門が携帯を閉じる。そのまま制服のポケットに滑り込ませた。
バッグを掛け直し、源田の方を向く。その顔は呆れているようにも見える苦笑いだ。
「タオル持って来いってさ」
「ははっ、そうか」
「結構焦ってたな」
「お気に入りだからな、それ」
普通のタオルよりも二百円程高いそれは吸水性は抜群に優れており、機能性には問題ない。更に形状記憶と呼べるのかは些か疑問ではあるが、洗濯の際に柔軟剤さえちゃんと使っていればふわふわの手触りが続くと言う。
このタオルでないと成神は嫌らしく、かなりこだわっているようだ。
「さっさと行ってサッカーするか」
「ちゃんと届けるのも忘れるなよ?」
「そんなもんついでに過ぎないだろ?」
クスクスと互いに笑いながら活動拠点へと続く長い石段に足を掛ける。
一番上の小さな人影がぴょこぴょこと飛び跳ねながら「早く来い」と促しているのをBGMに、二人はゆっくりと談笑しながら登っていった。