情報収集
ネオジャパンが召集され、顔合わせと称した初めての全体練習が行われた。練習と言うよりは特訓に近い程内容はハードなものでそれが終わる頃には選手達の誰一人として立ち上がることは出来ずにいる。
これを通して気付いたことを芝の上で寝転び息を整えながら源田は頭の中で整理する。メンバーの得意不得意なこと、大まかな性格、集中力の持続時間、体力、プレースタイルなどが一気に複数の情報として入ってきたのだ。只、一人を除いて。
砂木沼治。彼もまた本日の練習では源田と同じくGKをやっていた。遠くで見たその姿は流石元イプシロンのキャプテンともあってか、貫禄がある。ボールがなかなかどちらのゴールにもシュートされる場面が無く(目前まで迫る場面は幾つかあったが)情報があまり入らなかったのだ。
「砂木沼」
だから、何かしらの情報を得るためには自分から話し掛ける他無かった。源田は息を整えると既にストレッチを始めていた砂木沼に近付く。
「…源田」
「名前、覚えていてくれたのか」
自然と顔が綻ぶ。それに釣られたように砂木沼の表情も柔らかくなった。源田は隣に腰を下ろし、同じくストレッチを始める。
「丁度私もお前と話したかった」
「そうなのか?」
「ああ。単刀直入に言うが、お前の情報が欲しい」
「…っそれ、俺も思っていたんだ。他の選手の情報は今日のプレーで大体は分かったが砂木沼だけは分からなくて」
どちらもまさか同じことを考えていたとは思っておらず、少し興奮気味に話す源田は帝国ではあまり見られない姿だろう。
「私もだ。もしや監督の狙いは其処にあったのか?」
「そうか、砂木沼はキャプテンだからな。選手達を知っておいた方が良いし…」
「源田も同じならば源田はサポート役に抜擢されたのかも知れないな」
「それはどうだろうな。でも、もしそうだったら嬉しいな」
先にストレッチが終わった砂木沼が徐に源田の後ろに回り、ストレッチの手伝いをした。有難う、とお礼を言った源田は顔が見えなかったがその時の砂木沼の表情はとても穏やかだった。
「今日のあの練習だけで選手のことが分かるとはな。流石帝国だ。培ったものは相当なものらしい」
「そう言う砂木沼こそ、伊達にイプシロンのキャプテンをこなしてないだろ」
お互いを誉め合うのも程々に、ストレッチに集中する。
ストレッチを終え、立ち上がった時、源田は背中と腰に衝撃を受けた。その重さに耐えきれず、目の前に居た砂木沼に倒れ込んでしまう。しかし、それを砂木沼は若干よろめきはしたもののしっかりと源田の肩を持って胸で支えていた。
「す、すまない砂木沼……」
「いや、構わない。しかしこれは…」
砂木沼が視線を源田から源田の背後に移すと、腰にしっかり手を回して抱き付く成神とおんぶの形で首に腕を回し胸に足を回してしがみつく霧隠の姿があった。
「源田せんぱああああああい!!!」
「助けろ源田あああああああ!!!」
泣き叫ぶ様に騒ぐ帝国学園の成神と戦国伊賀島の霧隠に源田は取り敢えずその状態のまま何があったのかを訊く。砂木沼が「取り敢えずお前達は離れたらどうだ?」と源田を思って言った言葉だったのだが、しがみつく2人に「嫌だ」ときっぱり断られてしまった。
「幽谷が怖い話するんですううう!」
「あいつの怖い話半端ねぇよ!怖ぇよ!トイレ一緒に行って!マジで!」
「…ごめんな、砂木沼。重いだろう?」
「否、大丈夫だ」
源田は各々の手で成神と霧隠の腕を優しくポンポンと叩き「取り敢えず離してくれないか」と2人に言い聞かせるように話す。渋々離れた2人があまりにも泣きそうな顔で震えていたので、源田は両手を広げた。砂木沼はその行動に頭の中で疑問符を浮かべていた。
「おいで」
「うわあああんっ」
「源田ああああっ」
今度は真正面から2人を受け止めたのだ。よしよしと2人の頭を撫でると、その手を背中の方に動かし先程腕を叩いたのと同じく、優しく宥めるように叩いた。
そうしていると遅れて走ってきた幽谷の姿が見える。砂木沼が、あいつは確か尾刈斗中だったか、とぼんやり考えを巡らしていたらあっという間に幽谷が目の前に来た。
「怖い話をしたそうだな?」
「あの……はい」
元気なく答える幽谷を見て、もしや怒られると思っているのか、と考えたが強ち間違ってはいないようだ。砂木沼が視線を遣るとガタガタと震える小さな体と裾を握り締めている姿が瞳に映る。
「何故そんな話を?」
極力優しく言ったつもりだったのだが、砂木沼が思っている以上にびびっているのか幽谷の肩がびくりと跳ねた。分かり易い程に。
「あ、のっ…尾刈斗中の話になって、怖い話いっぱい知ってるんだろって言われて……成神も霧隠さんもどんな怖い話も平気だから一番怖いやつを話せって……だから……」
怖い話をしたんです、と言った言葉は殆ど消えるように小さかった。
「成る程。それは2人の自業自得と言うのもあるが、男の見栄を見抜けなかった幽谷にも非があるとも考えられるな」
「まあ、大した理由じゃなくて良かったじゃないか。な?」
未だに2人を宥めながら源田が幽谷に視線を遣ると只只幽谷は「ごめんなさい」と小さく謝罪の言葉を紡ぐだけであった。
よくよく考えてみれば、あのエイリア学園に、あの帝国学園の人間が揃って目の前にいるのだから怯えるのは無理も無い話だ。黒歴史とは言え、どちらも学校を潰すと言う悪事を働いたことのある学校なのだから。
砂木沼がどうするべきなのか考え倦ねていた時、隣に立って泣きじゃくる2人を宥めていた源田が幽谷、と名前を呼んだ。その声は、砂木沼が優しく言った時よりももっと穏やかなものだった。
「おいで」
源田は宥めると同時にさり気なく成神を左に、霧隠を右に移動させて真ん中にスペースを作っていた。目深に被ったバンダナで目は見えないが、源田の目には今にも泣き出しそうな姿が映っていたのだ。
「おいで」
もう一度、先程と同じ言葉を紡ぐ。すると幽谷は重たい足をゆっくり動かし真ん中のスペースに入り込んで顔を埋めた。3人が泣きじゃくるのを優しい笑みを浮かべながら宥める姿が砂木沼の瞳に焼き付く。
一方源田は源田で、3人を宥めながら脳裏に浮かぶのは倒れそうな自分を支えてくれた姿と幽谷と1対1で話す姿の砂木沼だった。
そこでふと2人はお互いにお互いの情報が入ってきたことに気付く。
(ああ、)
(そうか)
(砂木沼は)
(源田は)
(ネオジャパンの大黒柱なんだ)
(ネオジャパンの母なのか)