その一言が言えなくて


世間じゃ俺の事をヘタレだと抜かす奴がいるらしい。言った奴出て来い。皇帝ペンギン喰らわせてやる。


今日は朝から寝坊してHRに1分遅刻しただけなのに職員室に呼び出され教材ごとごっそり忘れた大嫌いな英語の時間に今日の日付の奴が休みだからって次の出席番号である俺が当てられる羽目になり好きな数学は急遽自習で折角予習してきたのに意味がなくなり体育は突然の雨により保健に変更され弁当を忘れたから購買に行ったら時既に遅しであんぱんしか残っておらず掃除の時間に野球やってたバカ共が俺の顔面に雑巾を当てやがった。散々だ。しかも今日は一回も源田に会っていない。朝練が無かったのもあるが廊下ですれ違うことも無かった。
だからだろうか。俺の中に溜まったイライラが沸々と煮えたぎっているのは。

よーし先ずは八つ当たりだ。辺見覚悟しとけよ。今日の練習は倍だ。3倍だ。3倍の量をいつもの時間内に全て終わらせるように命令してやる。ざまあみろ。今の俺ならそれくらい余裕でいけそうだ。

そんなことを考えながら部室の扉を開けると源田しか居なかった。珍しい。

「源田だけか?」
「寺門は日直で遅れるそうだ。一年は6限が総合だったみたいで少し遅れるみたいだったし、辺見や五条や咲山も先生に呼ばれたり所用だったりで遅れると言っていたぞ」
「ふーん」

良くまあそんなに覚えられるよな。流石文系が得意なだけあって暗記は任せろってか?っていうか、

「何で全員お前に言ってんだよ」

今は俺が一番部で偉いのに。

「何か、佐久間には言ったってどうせ忘れるからとか、今日の佐久間は話し掛け辛いからとかって言ってたぞ?」

何だよそれ。言った奴全員餌食にしてやる。

「どうかしたのか?」
「別に。何も」
「怒ってるだろう?」
「怒ってねーよ」
「佐久間」
「黙ってろ」

今のは言い過ぎただろうか。チラリと視線を横に向けると明らかにしょぼんと肩を落としている源田が視界に入る。恵まれた体をしていながら元気が無くなった源田は俺よりも小さく思えてしまうのが不思議だ。

謝ろうと口を開いたけれど言葉が出て来ない。そう言えば俺から謝ったことってあったっけ。いつも何だかんだで向こうが先に謝って来たような。でも今回は明らかに俺が悪いだろ。一言、たった一言「ごめん」と言えばいいだけなのに、俺の声は喉に押し潰されているかのように出て来ない。

ああもうっ!面倒臭ぇっ!

乱暴に胸座を掴んで引き寄せれば強めに唇が重なる。ガチンと歯が当たって鉄の味が広がった。それでも手も唇も離してやんない。誰が離すか。

息苦しさに負けた源田が俺の肩をぐいぐい押してくる。仕方が無いから唇を離してやると、オーバーリアクション並みに「ぷはっ」と息を吸い込んだ。デカい体のくせに行動がいちいち小動物かってくらい可愛いもんだからもっかいやりたくなった。

「佐久間っ!いきなり何す……っ」
「俺だって男なんだよ。ばぁか」

イマイチ言葉を理解してない源田は眉根をよせて首を傾げている。だから可愛いっつってんだろうが。別に理解してもらわなくていい。これは俺の問題だから。

さっさと着替えて部室を出る前に、一言だけ源田に声を掛けてやる。

「フィールドで待ってるからさっさと来いよ」
「ああ、分かった!」

返事を聞くと、後ろ手で扉を閉める。不思議だ。さっきまでの溜まっていたイライラはどこへ消えてしまったのだろう。俺は来たときとは正反対の気分でフィールドへ続く道を歩いて行った。後から慌てて走ってくるあいつが追い付けるように、ゆっくりと。






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