気付かせられる恋


「……っ、はぁっ」

日照時間が長くなり、午前4時頃から周りは明るくなり始めていた。しかし山の中というだけあってか朝靄が視界を悪くしている。そんな中、木々が生い茂った山奥で苦しそうな息遣いが聞こえた。それを木の陰に隠れて立ち聞きしている者――霧隠、成神、幽谷――が息を潜めていた。

「大丈夫か?」
「へ……きだ。続けてくれ」
「無理はするなよ」

相手を気遣う言葉には優しさが含まれていた。もっと言うならば、愛情が込められている気さえする。その変声期を迎え落ち着いた声の主は、前の三人が所属するサッカーチーム、ネオジャパンのキャプテン――砂木沼治のものだ。そして息を乱し艶やかな声音で請うた人物は、特に成神や幽谷が懐いているネオジャパンのGKである源田幸次郎のものだった。

三人は息を呑んだ。

靄で視界が悪い上に、木に背中を預けた状態で身を潜めている為に現場を直接見ることは出来ない。故に、聴覚からの情報しか入って来ないのでそれを頼りに現場を想像することしか出来なかった。

相手に気付かれないように、先程から彼らは小声で会話をしている。

「あれって…。ねぇ、朝からナニやってんの?あの二人」「げげげげ源田先輩いいいい?!」
「っていうか何で隠れてるの?」


まだ日が昇る少し前。偶然目が覚めた霧隠がトイレに行った帰り道のことだ。寝ぼけ眼だったとは言え、その姿ははっきりと瞳に映った。砂木沼と源田が共に近くの茂みに入って行く所を目撃したのだ。不審に思った霧隠は熟睡していた成神と幽谷を叩き起こし、まだ薄暗い山へと二人の後を追うように入っていった。それがつい、2分程前だ。

「ばっかだなあ幽谷。あんなイイトコの邪魔する気か?そんなの野暮だ邪道だ」
「ちょっと!源田先輩には俺が居るんだから……!そんなっ、あんな……」
「源田先輩、あんな声出すんだね。普段の源田先輩からは想像もつかないや」
「所謂ギャップか!」
「ああああああ聞きたくないいい」
「成神、ヘッドホンして聞こえてたんだ?」

ひそひそと根も葉もない話が飛び交う中、砂木沼と源田もまた交える会話は続いていた。

「痛っ」
「源田?!矢張りやめた方が」
「平気だ、これくらい。砂木沼の大きさを受け止められなきゃ、俺は……」
「あまり自分を追い込むな。ほら、切れてしまっている」
「それくらい承知の上だ。だから、休まずそのまま続けてくれないか?」

視覚からの情報が入ってこないのがもどかしい。如何わしいことをしていると思いたくない一心ではあるが、会話だけでは完全に信用することは出来なかった。好きだからこそ信じたい、けれども好きだからこそ疑ってしまうこの矛盾がより一層彼らの思考を悩ませる。

そんな時だった。
三人の耳に再び声が飛び込んできた。

「源田。矢張り今日はもう止めよう。ここの所毎日じゃないか。其れではお前の体が保たない」
「でもっ」
「そんな体では昼間の練習に響くぞ?」
「……そうだが、俺は、無理でもなければ、授かることはできないんだ。時間がないのはお前だって分かってる筈だ」
「しかし……」
「だから、後もう少しだけ……やってくれないか?」
「源…」
「もう止めて下さああああああいっ!」

二人の会話を裂くように飛び出したのは、先程までずっと盗み聞きしていた成神だった。

「っあのバカ!俺達も行くぞ!」
「え?っぇえ?!」

成神が飛び出していったのを皮切りに、霧隠は舌打ちしながら幽谷の腕を掴み成神の隣に出た。

「成神……お前、どうして」
「霧隠に幽谷も居たのか」

驚く源田と砂木沼の話を聞いているのかいないのか、成神は涙をぼろぼろ零しながら話を続けた。

「源田先輩っ!俺っもう耐えられないですっ」
「成神……」
「何でっ、先ぱ……っ」

ぐしゃぐしゃな顔になりながらも成神は一生懸命言葉を紡ぐ。拭けども拭けども流れてくる涙は朝独特の冷気に晒された。そしてそれは涙が通った道を冷やしていく。

「源田。いつから見て居たのかは知らないが、後輩もお前の身を案じている」

諭すように穏やかな口調で砂木沼が語りかけると、源田は一度瞳を目蓋で隠し、再度現した。そして新鮮な空気を吸い込んでゆっくりと吐き出す。

「あれ?」

少し離れた所では靄で見えなかったものが、距離を縮めた今、霧隠の瞳にははっきりと映っている。それは自分が想像していたものを大きく覆す光景だった。

「源田も砂木沼も何で服着てんの?」
「何のことだ?」

ふと湧き上がった疑問が無意識の内に口から零れる。その疑問に対して砂木沼は首を傾げた。

源田は未だにぐしぐしと泣きじゃくる後輩を引き寄せ、優しく抱き締めながら背中をぽんぽんと落ち着かせるように叩く。

「まさか見られていたとはな。心配掛けてすまない。早朝練習は今日の所はこれで終わる」
「早朝練習……ですか?」

源田の言葉をさっきから黙って聞いていた幽谷が拾い上げ、投げ返す。

「ああ、砂木沼のドリルスマッシャーを会得する為のな。幽谷達はずっと見ていたんじゃ無いのか?」
「見ていたと言うよりは〜……」
「聞いてたっつーかぁ〜」

歯切れの悪い言い回しに砂木沼と源田は共に疑問符を浮かべている。成神は依然として源田に抱き締められ、そして成神もまたしっかりと源田の背中に腕を回していた。霧隠と幽谷は顔を見合わせて再び源田達の方を見る。

「てっきりヤってんのかと思って」
「ん?だから、ドリルスマッシャーの練習をしてたんだ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「あの、僕たち朝靄で先輩達が何をしているのか良く見えなくて……、それで、声だけしか聞こえてこなくて……」

だから、その、と幽谷は途中でもごもごと口ごもってしまった。更に頬が紅潮しているように見える。源田達は言葉の続きを待っていたが一向に話そうとしないので視線を霧隠に移した。

「んー、率直に言うと、二人がセックスしてるんじゃないかって思って」
「……」
「……」

(あ、黙った)

源田は数回瞬きをして霧隠の言葉の意味を理解しようとしている。砂木沼も砂木沼で、此方は一切瞬きはして居らずどうやら見た感じ時が止まっているようだった。

「聞いてる?」と何度か呼び掛けをした後に、二人の顔は紅潮から赤面へと変化していった。最早源田に至っては茹で蛸と言っても過言ではない。

「ばっ!おま……っ!そんなわけ無いだろうっ!!」

(……あれ?)

「私達はそもそもそう言った関係では……っ」

(もしかして)

恥ずかしさのあまりか成神を抱く腕に力が入る。背中の服を苦しそうに握り後に背中を叩いてサインを送っていた成神だったが、源田には気付いて貰えず最終的にはだらんと腕が下がった。

(この二人って)

お互い顔を合わせないようにさり気なく反対の方向を向く砂木沼と源田を見つめながら霧隠は目を丸くしていた。幽谷は今の現状がうまく飲み込めないのか、小動物のように首を機敏に動かしている。その動きは霧隠に始まり、砂木沼、源田、成神、そしてまた霧隠へと戻りそのサイクルを続けていた。動かなくなった成神の安否は、今の所定かではない。

(自分の気持ちに今、気付いた感じですか?)






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