縮ませる距離


どんなに焦っても追いつかない。否、追いつけない。
俺と、先輩との距離がもどかしい。

そんなことを思うようになって早一ヶ月が経とうとしていた。
俺の目の前にはいつも源田先輩がいる。(目で追っているのだから当然だが)

一目惚れだった。

帝国学園のサッカー部に入部したての頃、ある休日の練習日のことだ。
俺は集合時間を聞き逃し、流石に開いていないだろうと思いながらもフィールドに向かっていた。

一年の初めは基礎練ばかりで正直つまらないがサボるわけにもいかない。
眠気眼を擦り豪快な欠伸をしながら扉に手を掛けると、それはいとも簡単に開いた。
予想に反する出来事に目を丸くする。

暫く呆けて芝生をじっと眺めていると、何処からかボールの音が聞こえてきた。

(誰か居るのか?)

キョロキョロと目線を左右に動かしていると、ある一点で止まった。

(誰だ?)

通常の帝国のユニフォームとは違う色の物を着用している辺り、恐らくゴールキーパーなのだろう。
軽い足取りでリフティングをしている。

それが、源田先輩と初めて話した日だった。


此方に気付いた源田先輩は器用に足の内側でボールを高く上げると、両手でキャッチした。

「お早う」
「え、あっ、お早う御座います!」

「早いな」と笑いながら近付いてくる先輩から目が離せなかった。
そうしている内に、先輩は俺の目の前までやって来た。
実に距離にして約一メートル離れているかいないかだ。

「早いんだな」
「え……っと、まあ。一年ですし」

まさかバカ正直に「集合時間を聞いていませんでした」何て言えるわけがない。
取り敢えず適当な嘘を吐いて、その場を誤魔化す。

「先輩は、いつもこんな早くに?」
「あ、いや俺は……」

この後に続く言葉よりも表情に全ての気を持って行かれてしまった。
それはそれはあまりにも綺麗に笑うから、つい、見入ってしまったのだ。

「集合時間を聞いていなくて、この時間ならまず遅刻することもないだろうと思ってな」

思わず「同じです」と言いそうになる口を寸での所で噤む。
正直に言っていれば良かったと後悔しても後の祭だ。

「気付いたのが夜遅かったからメールで訊こうとしたんだが、作成中に寝てしまって……、結局早く来る羽目になった」

ハハッと笑う顔も声も全てが体の中に響いてくる。
もっともっと聴いていたい。
もっともっと側に居たい。
全てが愛しいと思った。

「名前は?」
「え?」
「すまないな。まだ、新入生の名前を覚えていないんだ」

つまり、それは、新入生の中で一番初めに覚えた名前が俺の名前になる、と言うことか?
そう思うと嬉しくて、一歩距離を縮めて先輩の瞳を覗き込んだ。

「成神です。成神健也」
「源田幸次郎だ。宜しくな」
「はいっ!」

初めて触れた源田先輩の手は温かくて、いつまでも握っていたかったけれど、それは源田先輩によって呆気なく未遂に終わった。

「成神、ポジションは?」
「え、でも、まだ一年ですし」
「希望くらいはあるんだろ?」
「……MFです」
「そうか」

一つ頷くと、源田先輩は背中を向けてフィールド内へと歩き出した。
何か拙いことを言ってしまったのだろうかと内心気が気でない。

そんな俺の気持ちをを知ってか知らずか、源田先輩はゴールの前で立ち止まり、振り向いた。

(いちいち可愛い人だな)

「着替えたら来い。それまで待ってる」
「え…!?それって……」
「俺の練習に付き合ってくれないか?GKは一人じゃ出来ない」

それは、つまり、その、今から二人だけで練習をすると言うことですよね?

「俺何かで宜しければ」の意味も込めて、大きく返事をした。



あの日は浮かれて思ってもいなかったけれど、後々考えてみると、あれは源田先輩の練習に付き合ったのではなく、俺の練習に付き合ってくれたのだ。
そんなさり気ない優しさにすら気付かない程当時の自分は子どもで、先輩は大人だった。

まだまだ成長期だから身長はいつか追い抜ける。
だから今はメンタル面でも支えられるように、先輩と釣り合った人間になるように、自分を磨いて行こうと思う。






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