あいつの前方、俺の背後


(また睨まれた)

なんなんだよ、と胸の内で悪態をつく。アフロディ(亜風炉照美と呼ぶとフルボッコにされた)が韓国代表に俺と風介を誘ってくれて数週間が経った。地理的な意味では慣れてきた韓国だが言葉や字は未だに分からないので、俺はアフロディやチェ・サンスゥに頼るばかりだ。

少し不便な生活だが、不満は無い。そんな日々を送っている。しかしそれも数日前から僅かに変わってきていた。だから、今日と言う今日はそれを解決すべくその原因たる人物に歩み寄る。

「おい、ガゼ…風介っ」
「お前、今言い間違えただろう」
「まっ間違えてねぇよ!」
「ガゼ風介と言う名になった覚えはないな」
「〜〜っ、うるっせぇ!ばかっ」

「バカはどっちだ」と呆れた声を聞き流しながら俺は風介の元を離れて行く。結局何しに行ったんだ、俺。丁度目の前にアフロディが居たから練習に付き合ってもらえるか頼んだら、快く承諾してくれた。俺から誘ったのにボールを取って来てくれるらしい。風介とは偉い違いだ。それから間もなくして、アフロディがサッカーボールと一緒にフィールドに現れた。

「今日は随分と荒れてるね」
「そうか?」

いつも通りにボールを蹴っているだけなのに。いつも通りだぜ、と言葉を返すと困ったような笑みを浮かべる。

「彼――涼野風介と何かあったのかな?」
「っ!べ、別に…っ、ねぇよそんなもんっ!」

何故かアフロディの口から風介の名前が出て来たら心臓が大きな音を立てて跳ねた。それに比例するかのように俺のキックも力強くなり近くのフェンスを超えて行ってしまった。

「やっべ!悪ぃっ、取って来る!」
「はいはい」

急いでダッシュしてボールが消えた方へと急ぐ。こんな時、球体は不便だ。コロコロと直ぐにどっかに行っちまう。ああ、畜生!見失った!

「晴矢」

俺がキョロキョロと辺りを見回していると、背後から声を掛けられた。その声は、昔と比べたら暖かくなったものの依然として多少の冷たさは残っている。俺よりは高めの声質なのに、俺よりも年上に見られることがあるコイツは紛れもない、涼野風介だった。

「風介、お前何で…」
「探し物はこれか?」

そう言って左足を動かしたと思ったら、探していたサッカーボールが上に跳ねた。風介の膝や足の甲を転々と行き来するそいつはいつの間にか俺の方に向かって来ていた。俺は思わず胸で受け止め、風介のようにリフティングを始める。数回足の上で遊んで地面に落とし、再び転がらないよう左足を乗せて動きを封じた。

「その、サンキュ」
「別に礼を言われる程の事じゃない。さっさと行け。アフロディを待たせてるんだろ?」

昔みたいに淡々と言う風介は、エイリアが無くなった後を知る俺にとっては「いつもの」風介では無くなっていた。今の風介は、もっと柔らかくて暖かくて偶に刺々しい所もあるけれど、それにはやっぱり優しさが含まれている。

「あのさ、俺、お前に何かしたか?」

背中を向けて去って行く風介に問いかけると、動かしていた足を止めてくれた。それだけでホッとするのは何故だろう。

「何故そう思う」

肩越しに言葉を返され、此方を体ごと向き直した風介の目は俺だけを移していた。昔のように冷たくて射抜くような瞳だったけれど微かに灯る暖かい感情も感じられる。

「ここんとこ最近睨んでくるじゃん。意地悪いのは前からだけど、何か更に頻度が増した気もするし…」
「意地悪くて悪かったな」
「あああごめんっ違うって!別に風介を不機嫌にさせたかったんじゃなくてさっ」
「それくらい知ってる」

突然笑うから何も言い返せなくなってしまった。だから意地悪いんだって。

「別に睨んでいたわけじゃ無いが」
「何?」
「少し嫉妬してただけだ」
「はあっ?!」

言いながら俺との距離を詰めてくる。俺はボールをキープしてるから後退ることが出来なかった。つまり、その場から動け無かったわけだ。距離が近くなるのは時間の問題だった。

「ふ、ふ…すけ?」
「晴矢」

顔が近い、と言おうと思ったら唇に何かが触れた。それが風介のだとわかると、頭に浮かんで来たのは意外とあったかいんだってこと。次の考えが浮かび上がって来る前に俺は風介の腕の中に居た。

「誰の為に韓国語をマスターしたと思っている」
「……へ?」

お前、喋れんの?なんて間の抜けた声で訊いた時に気付く。

(あ、ボール)

俺の足元から再びコロコロと転がって行ったそいつが俺から見えないとすると俺の後ろに転がってしまったのかと予想がつく。でも、俺は見えなくても風介なら見えてるはずだから気にはならなかった。変なの。こんなの、俺じゃないみてぇ。

ボールの行き先が気にはなるけれど、今はこの体温が凄く気になっているから、少しの間だけ放置させて下さい。

そう誰とも分からない相手に願いながら、背中に腕を回すのは恥ずかしいから上着の裾を少しだけ掴んだ。俺の後ろで転がったボールを拾い上げているアフロディが居ること何て知りもしないで。





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