隠れ部屋


静かな部屋に聞こえて来るのは紙を捲る些細な音。そして微かに聞こえるペンが走る音。それ以外は沈黙を続けている空間が其処にはあった。

帝国学園の図書館は外観も厳かな雰囲気を漂わせるデザインになっている。外から入ることも可能だが、原則として渡り廊下と繋がっている入り口から入ることになっていた。学生証を機械に通さなければ中に入れないのには勿論理由がある。厳重な注意を払った管理の下に存在しているくらいなので、それだけ貴重な書物も保管されているのだ。

ズラリと並ぶ大きい本棚の列を抜けると間接照明で落ち着いた明るさを保つ広い空間が姿を見せる。そこが、学習及び読書スペースとして設けられていた。

源田は数冊の分厚い本を抱えながらその空間を横切る。空席には目も向けず、そのまま通り過ぎて行った。そして図書館の最奥にある螺旋階段を上っていく。薄暗いと表現するには暗すぎるそこは近隣の本棚が『帝国学園の歴史』等誰も読まないような本ばかり収納されているので人気は全くと言っていいほど無かった。

階段を上りきるとアンティーク調の扉が現れる。そっと開ければ先程の仄暗さがまるで嘘のように一際明るいスペースが顔を覗かせた。屋根裏部屋のような雰囲気を出すそこは館内に設けられた学習スペース程の広さは無い。しかしそれでも簡単に10人は入るくらいではあった。

「不動、持ってきたぞ?」
「んー」

大きな窓の近くに設置された机と椅子は明らかに勉強机と呼ぶに相応しくない。どちらかと言えば、カフェのテラス席でお茶を楽しむ為の物のようだ。

源田は丸テーブルに抱えていた本を置くと、不動と対面する席に腰を下ろした。

「あれ?佐久間は?」
「さっきまでそこのソファーで寝てたけどな。気付いたら消えてた」
「…逃げたな」

顔を上げずに言う不動の言葉に源田は呆れたように溜め息を吐いた。徐に持ってきた本を一冊手に取りパラパラと捲っていく。

「暫くは来ないだろうな」
「もう戻らないんじゃないか?」
「いや、それがそうでもないぜ?」
「?」

ニヤリと口端を上げる不動が漸く顔を上げた。つられて源田も本から目を離して不動を見た。

「どういう意味だ?」

今までの経験上、サボりに抜け出した佐久間がその時間内に戻って来たことは無かった。どこで時間を潰しているのかは大体予想がつくので特に探しに行くことも最近はしなくなったのだが。

「んー、知りたい?」
「知りたい」

コクリと頷く源田に、フッと不動の表情が柔らかくなる。顔を突き出してきたので思わず源田も前のめりになった。それはまるで秘密の会話をするかのように互いの顔の距離は近かった。

「あまりにもマヌケ面で寝てたもんだから何か無性にムカついたんでアイツの顔にイケメンになるようにパーツを書き加えてやった」
「…まったく……もぅ」

自分が書いたものを思い出したのかクスクスと楽しそうに笑う。最早咎める気にもならないのか、源田は小さく息を吐いた。

「お前、今、ちょっと見てみたいとか思ってんだろ?」
「へっ?!」

至近距離にある不動の切れ長の目が源田を捉える。何故か目が逸らせずにいる源田は図星を突かれてあわあわと口を金魚のようにぱくぱくさせた。

「安心しろよ。その内見られるから。でも今は…」

チュ、と小さく音を立てて優しく口付けるとゆっくりと唇が離れていった。源田は一瞬何が起こったのかさっぱり理解出来ていないようで、目を見開いたまま硬直している。そんな源田にもお構いなしに不動は椅子の背もたれに体重を預け、満足げにみるみる赤くなっていく彼を見た。

「俺だけ見てろよ」

ハッと我に返った源田は恥ずかしさからか瞳に涙を溜め、わなわなと唇が小刻みに震えていた。恐らく何か抗議しようとしているのだろう。しかし言葉が全く出て来ないのだ。

そんな少し甘い空気が流れを扉の音が絶った。余裕の笑みでそちらを見やる不動と余裕などどこにも無い真っ赤な顔で扉の方を見る源田。二人の瞳には、怒りに震える一人のチームメイト(制服姿なので同級生と呼ぶべきなのかもしれない)の姿があった。

「ふーどーうー…貴様ァ…」
「あれ、佐久間クン?サボってたんじゃないのかな?」
「ふっざけんなテメェ!!俺の顔に落書きしただろうが!!っつーか何のペン使ったんだよ!!全っ然落ちねーじゃんか!!」
「何って…丁度良いペンが無かったから…」

一気にまくし立てる佐久間に飄々と不動が答えた。その手には一本のペンが握られている。良く名前を書くときなどに使われるペンだ。所謂、油性ペン。

「ふっざけんなァァア!!」
「不動、落書きをするにしても油性は良くないぞ。せめて水性にしろ」
「源田テメェは黙ってろ!!」

響き渡る怒声により静かな部屋が一変した。声こそ外には漏れていないものの、暴れ出したことにより下の階の学習スペースには天井からパラパラと降ってくる埃と地震よりは微弱な振動が伝わってきていた。

後にこれが帝国学園七不思議の一つになるのはもう少し先の話である。





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