日課に追加
夏は日が昇るのも早く、目が覚めた時には既に外が明るさを取り戻していた。(まだ6時前だった)
そんな源田の日課は起きたら簡単な身仕度をしたら朝食の準備に取り掛かることだ。起床時間は指定されていないが朝食は必ず7時と決まっていた。だから寝坊にしろ起きていたにしろ、この時間を守らなければ1日の活力を摂取し損ねることになる。
そんな事が起きてはならないが万が一の事を考えて、源田はいつも別皿にオニギリを幾つか用意していた。食べ損ねた者が居ないなら居ないでそのご飯を昼食や夕飯に混ぜてしまえばいいのだ。
今日はいつもより早く目が覚めてしまった為に、朝食の準備も7時を待たずに殆ど終わってしまった。合宿所(と言っても見た目は平屋の日本家屋なのだが)の周りでも掃いてこようかと考えながら廊下を歩いていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。それもどうやら複数のものらしい。
(誰だ…?)
疑問に思いながら玄関に向かうと靴箱から4組の靴が無くなっている。しかし誰がどこに入れると言うことは決まっておらず、皆好き好きに置いている上に同じくらいに汚れていた。これでは自分の靴と運動靴でない監督のそれ以外見分けがつかないのも頷ける。
音を立てないように戸を閉めると、取り敢えず左右を確認してみる。そして長い石階段を覗き込むが誰かが下りた形跡は見当たらなかった。誰の靴が無くなっていたのか気になる源田であったが、取り敢えず箒を取りに行くため庭の方へと回り込んだ。
「一番考えられるのは瞳子監督だが、監督の靴はあったしなぁ…平良先輩?は、有り得ないか」
口に出した瞬間、今のは失礼だったかと申し訳無く思ったがしかしそれを聞いている者は誰一人として居ない事もまた事実だ。一人苦笑を漏らすとつい先日ネオジャパンのメンバーで水遊びをした広い庭が見えてきた。そこでふと先程疑問に感じていた4組の靴を思い出した。
「…あれ?」
近付くにつれそれははっきりと視覚で確認する事が出来た。小さな山が三つと、一際高い山が一つ。源田はただただ目を見張った。
まさか‘彼ら’がこんなに朝早くから行動するとは思っていなかったのだ。そして、“彼”が朝からこのようなことをしていたなど想像もしていなかった。
源田の耳朶を打ったのは、誰しも一度は聴いたことのある体操をする時のメロディーだ。軽快なピアノの音の他に聞こえてくるのは一人の男性の声のみで動きを指示するだけのものだった。
何だか四人とも各々真剣にやっているようにも思えて声を掛けるのも躊躇われる。尚も流れ続ける音楽に「ああ、今は6時半を過ぎたんだな」何て暢気に考える余裕も出来ていた。
そうして暫く黙って眺めていたら第二体操までしっかり終わらせた四人の内の一人が源田の存在に気付いたようで「先輩!」と早朝にも拘わらず元気な声で呼んだ。声の後には既に駆け出していて、返事をする間もなく彼――成神健也が目の前に立った。
「おはようございます!」
「ああ、お早う」
早いんだな、と続けると彼は照れ臭そうに「えへへ」と笑った。そうこうしている間にも残りの三人がやってきて、気付けば源田を囲むように半円が出来ていた。
「霧隠も幽谷も早起きしたんだな」
「はい」
「何だよ意外とでも言いたいのかよーっ」
「ははっ、すまない」
考えていたことをまんまと読まれてしまい素直に謝罪を口にする。別段気分を害した様子もなく、霧隠は「心外だなー」等と拗ねたフリをしてみせた。
「霧隠は幽谷に起こしてもらったんじゃなかったか?」
「あっちょっバカッ砂木沼ぁっ!!」
そうなのか?と口では言わなかったが視線を霧隠に移す。すると罰が悪そうに彼は源田から視線を逸らし、口を尖らせた。
そんな態度に思わず笑いが零れる。優しく頭を撫でてやると尖った口も徐々に引っ込んでいった。
其処でふと気付く。
彼らの格好が明らかにおかしいのだ。何故、上半身裸なのだろうか。右を見ても左を見ても四人は上着を着ていなかった。
疑問に思っていた時、既に口に出してしまっていたらしい。
「ラジオ体操をやった後、みんなで乾布摩擦をする事にしてるんです」
幽谷が指を差した方を見ると、そこには縁側になっていてスポーツタオルとアンテナを立てた携帯電話が置かれていた。
(ラジオはあれで補っていたのか…)
「源田もやらね?」
「乾布摩擦?」
「そ」
霧隠のひょんな誘いに一年生達も「やりましょう、やりましょう」と口々に言っている。キラキラと輝く濁りのない眼差しで見つめられて断れる源田ではない。
一度砂木沼に目配せすると小さい三つの山に視線を戻した。
「じゃあ、朝食の前にやろうかな」
「ヤッターッ!!」
「はいっ!」
「じゃあさっさと脱げよ源田っ」
霧隠の言葉にピタリと三人の動きが止まる。しかしそんな彼らを背にして歩き出していた霧隠と源田にそれが伝わる訳もなかった。縁側に到着した二人は二言三言言葉を交わすと、霧隠は自慢の足で廊下の奥へと姿を消した。恐らく源田の分のタオルを取りに行ったのだろう。しかし、未だに動けずにいる三人には最早そんな事はどうでも良かった。
彼らの思考を占領しているのは、今まさに目の前で行われんとする公開ストリップ、基、上着を脱ごうとして腹部が見えている源田の事なのだから。
「待て、源田!」
「先輩っやっぱりダメですーっ!!」
「ア、あっ、ァアーッ!!」
必死にストリップにストップをかける三つの声が朝の空気に重なった。
朝食の時間まで後、12分。