右手と太陽
全身に感じる違和感で微睡んでいた意識が浮上した。ゆっくりと閉じていた瞼を動かす。そのため視界へと入り込んできた突然の光に思わず再び目を瞑ってしまった。その動きを何度か繰り返し差し込む光を取り込む量が増えた時、視界の端に光よりも一層輝くものを見つけた。
金色の、太陽だと思った。
確認するように数回瞬きをして左手に点滴が繋がれていることに気付き、漸く病室なのだと知った。ゆらり、と太陽が動く。きらきらと輝くそれがゆっくりこちらを振り向いた。
「源田君、目が覚めたの?」
「……っァ…!」
アフロディー、と言葉を紡ぐつもりが喉の奥から出たのは掠れた音だけだった。
どうして彼が自分の側に居るのだろう。どうして、そんな顔で笑っているのだろう。
そんな、嬉しそうな顔で。
「待って。今、ナースコール入れるから」
そう言って枕元に伸ばされた腕を、俺は無意識に触れていた。
「…っ!」
「……」
一瞬、驚いた顔をしていたが直ぐにふわりと笑った。言葉こそなかったがその表情には「どうしたの?」と訊いているような気がした。
「ど…して…?」
彼に触れている手が震える。掴むことが出来ない包帯の巻かれた自分の手を見て胸の奥がズキンと痛んだ。
大事にしていた筈の手が、いつも気付けばボロボロになってしまっている。自嘲気味に笑ったつもりだったのに、なぜか視界が霞んだ。目尻を伝って耳が濡れたのを感じる。
どうしてアフロディーが此処に居るんだろう。どうして自分は泣いているんだろう。どうしてこんなに苦しいのだろう。
「大丈夫」
「ア…フロ、ディ…」
「大丈夫。今は休ませてあげよう。その腕も、心も」
包帯の上からそっと触れてくる箇所が――アフロディーの手の熱が伝わっているのか――不思議なくらい温かく感じた。それがとても心地良くて、ひどく安心させる。
太陽の温かさ…。
脳裏に浮かんだ言葉は誰に伝わることもなかったけれど、しかしそれでいいと思った。きっと、自分が伝えたかったことは伝わっていると確証に近い感情が心を支配する。何故なら、彼が安堵感を湛えた笑みを刻んで、涙を流していたから。
「ありがとう、アフロディー…」
「ははっ…本当に、かなわないなあ…源田君には」
「そうか?」
「そうだよ。だって」
一旦言葉を切って、アフロディーはそっと目元を親指の腹で拭った。そんな彼の行動に少し俺は目を見開いた。その仕草が、あまりにも端麗な容姿からは想像も付かないほどに男らしかったのだ。
そして、ゆっくりと言葉の続きを紡ぐ。
「今謝ったら、君は一生かかっても許してはくれないんだろう?」
「そうだな」
静かに笑った顔は、俺がこうなる前にフィールドで出会った時とは比べ物にならないくらいに穏やかで、暖かかった。
それは本物そっくりの太陽みたいで…。恐らくもう少しで俺は再び眠りに落ちるのだろう。左手は点滴に、右手はアフロディーに繋がれたまま。
そうして太陽の温もりを半身に感じながら瞼を閉じた。