鳴らせない電話


携帯の電話帳を開いて一人の名前――佐久間次郎――を選択する。その名前の下に記されてある数字の羅列を選べば複数の選択肢が表示された。

音声電話か、テレビ電話か、電話番号を使ったメール作成か、コピーか。

勿論この選択肢はキー操作とも連動しているから数字の「1」を押せば音声電話としてディスプレイの表示が変わり、機械音も聴こえてくるはずだった。なのに、俺はそれが出来ずにいた。

たった一つの事を訊くだけなのに。

業務連絡とかの序でならば尋ね易いのに、生憎そんな用事は一つも無かった。だから余計にボタンが押せないのだ。

この画面と睨めっこしてかれこれ一時間が経つ。それは同時にベッドの上に座っている時間も表していた。勿論正座していたわけではない。胡座だったり体育座りだったり様々だ。唯一、一時間ずっと変わって無いのは携帯のディスプレイだけである。

表情も変わっていなかったと思ったが、ボタンを押そうとすると熱が顔に集中したのが度々あったのを思い出した。

「……明日、直接訊こう」

時間も時間だし、と自分を納得させて俺は部屋の電気を消した。潜り込んだ布団はずっと座っていた部分だけが温もりを持っていて変な感じがした。

(夢の中では言えるのにな…)





――“週末、空いてるか?”





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