8月7日 [ 7/31 ]



確かに夏休みってチャンスだよな……


8月7日


それは突然決まった。

「と、云うわけで」
「どういうわけなのかさっぱり分かんねーよ。省かずにちゃんと説明しろ」
「コレだから言語理解能力に欠けてる奴を相手にするのは嫌なんだ」
「もっぺん云ってみろこのペンギン野郎」

何の脈絡もなく佐久間が話を始めるのは毎度の事だが、今日は特に酷い。正直、俺も辺見に同感だ。恐らく他の皆もそうなのだろう。振り返れば渋った顔が揃っている。

「佐久間、経緯とその結果をきちんと話してくれないと誰も分からないぞ?伝えることと伝わることは違うんだ」
「源田のくせに俺に口答えか」
「いや、そう言うんじゃ……」
「まあいい。コレが終わったら覚えとけよ。気持ち良いくらいなかせてやる」

冗談半分で言ったのだろうが、まだ佐久間と一年も満たない付き合いの一年生達からはどよめきが聞こえる。一年以上の付き合いはある二、三年も少し戸惑っているようだ。それもこれもこの体が原因なのだろう。

「佐久間。この体相手じゃ本気にする奴もいるから少しは言葉を選んでくれ」
「本気だから言ってんだよ」

言い返してやりたいが余計ややこしくなるのでここら辺りで早々に身を引くのが賢明な判断だろう。溜め息を吐きながら俺は話の続きを促した。

「だから、昨日ばったり偶然にも鬼道さんと運命的な出会いをしたから決まったんだよ」
「佐久間センパ〜イ、頭の中で文章整えてから喋って下さ〜い」
「黙れ眉神」
「成神です!」

部活は終了しているのだが、佐久間が話があると云うので皆部室に戻らずフィールドに腰を下ろしていた。佐久間が口を開けば何てことはない。只の鬼道と偶然商店街で会ったと云うだけの話だった。

なかなか終わらない(言い方を変えて同じ話をする)ので、全員が飽き始めている。なかなか本題に移らない佐久間に痺れを切らせた辺見が口を開くも、冒頭のようにお互い喧嘩腰になってしまい結局話は前に進まない。

「明日、雷門と練習試合をすることになった。以上っ!解散っ!お疲れっ!」
「ちょっと待て佐久間ああああ!!」

さっさと部室に戻ろうとする佐久間を全員で引き止める。こんなこと今までに無かった。鬼道が居た頃は、の話だが。

佐久間は眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌な顔をしている。隠そうともせず、表情からは「早くシャワーを浴びたい」と云う気持ちが表れていた。

「いきなり過ぎるだろう!」
「当日云わなかっただけマシだろ?」
「だからって前日に云うか?!」
「仕方無いだろ?昨日決まったんだから」

「決まった」のではなく「決めた」んだろうなと自分の中で訂正する。あまりにも唐突な申し立てに皆困惑しているようだった。かく言う俺も現状をいまいち飲み込めていない。

「つまり、昨日偶然鬼道に会って、その時に練習試合をする約束を取り付けたわけだな?」
「そう云ってんだろ」
「云ってねーだろ」

俺が確認するように云うと、呆れた声で佐久間が云う。それに素早く辺見が反応した。今日の辺見は一味違うな。

「で、それが明日と云うわけか」
「そ。取り敢えず場所は雷門でやるから現地集合な。6時前には来い。俺と鬼道さんを待たせるな」
「6時は流石に鬼道も来てないと思うぞ?」
「源田のくせに口答えするな」

どうやら佐久間のテンションは上がっているらしい。浮かれているというか浮ついているというか。久しぶり(と云ってもつい最近も会ったが)に鬼道に会える。そもそも鬼道をリスペクト(の域を越えて最早崇拝に近い)している佐久間のことだ、嬉しくない筈が無い。

佐久間の気持ちを汲み取ると、何だかつい許してしまう。

「もう決まったことだしキャンセルするのも向こうに失礼だ。取り敢えず明日は佐久間の言った通り雷門に集合」
「源田先輩、時間も6時ですか?」
「8時でいいだろう」
「はーい」

このまま言い合っても仕方が無いので、一先ず必要事項を適当にまとめてみんなに伝える。渋々了解した者もいたが、大半は納得してくれたようだ。それからぞろぞろと更衣室に向かう。

俺と佐久間を残して。

「おい」
「何だ?」
「何勝手に決めてんだ?」
「勝手に決めたのはお前だ」
「鬼道さんが練習試合したいと言ったから了承したまでだ」
「どうせお前が興奮して一方的に決めたんだろう?」

近くにあったベンチに腰を下ろしながら云うと、目の前には不機嫌な顔の佐久間が仁王立ちで居る。

腕を服の中に引っ込め、胸の辺りでもぞもぞと動かす。そして目的を果たした腕は再びユニフォームへと袖を通す。裾から手を浅く入れ、とある物を掴むとそれを引っ張り出す。締め付けから解放された胸は動く度に揺れた。

手中にあるのはさらしだ。
サッカーをする時は無駄に主張する胸が邪魔なのでさらしを巻くようにしている。未だに巻くのは佐久間に手伝って貰っているが、外すのは簡単だ。

さらしから解放された瞬間はそれなりに快感で、大袈裟な表現かもしれないが自由を手に入れたような感覚に陥る。肩凝りの原因ではあるがこの瞬間はとても気に入っている。

「何?もうスタンバってるわけ?」
「何のだ?俺はただもう部活が終わったから解いたまでで……」
「云ったろ?なかせてやるって」
「あれは冗談だろ?」
「本気、とも云った」

迫る佐久間が何故か怖くて俺は逃げ場を探す。しかし俺が座っているベンチは選手達が座る場所なので背後に逃げ道などない。
佐久間が俺を跨ぐようにベンチの上に膝立ちすると、本当に逃げ道を失ってしまった。佐久間を見上げる目が不安の色に変わる。俺を見下ろす橙の目は相変わらず射抜くような鋭い光が宿っている。

「佐久間……」
「なあ、源田。お前、まだ気付かねーの?」
「な、にを」
「教えたらつまんねぇだろばーか」

俺を挟むように左右に伸ばされた腕は背もたれを掴み、自然と距離が近くなる。最近よく言われる罵声を浴びせた後、佐久間の唇が俺のそれに触れた。只、こうされるだけで俺の中から恐怖の感情が無くなる。矢張り、佐久間は不思議だ。

唇がそっと離れた時、少し寂しさを感じた。数回瞬きをして佐久間に云われた事を考えてみる。その間も佐久間の射抜くような瞳に見つめられていた。

そして、ある一つの答えに辿り着く。

「……っあ」
「おっせーよ」

それに気付いた時、自分でも分かるくらい俺の顔は熱くなっていた。
いくら何でも今更気付くなんて遅すぎる!

「さ、佐久間っ」

心臓の動きが活発になる。運動している時とはまた違う動きのように感じる。同じ心臓なのに、それはまるで別物のようだ。

「皆にこの体の事を知られることになるじゃないか!」
「……は?」

佐久間の口から出た言葉はとても短く声も表情も間抜けたものだったが、今の俺にはそれを笑う余裕など無い。後、数時間で日付変更線を跨ぎ、それからまた数時間後には約束の時間になる。その間に対策を考えねばならない。

俺の思考はぐるぐると巡るも何も思いつかない。寧ろ焦り過ぎて冷静な判断が出来ないくらいだ。

「お前何云ってんの?」
「だから!鬼道以外にも俺が今こんな体だって知られるんだぞ!?事故とは言えあまりにも恥ずかし過ぎる!」

ぎゅっと体を抱き締めるように胸の前で腕を交差する。さらしを解いた胸は服の上からでも分かるくらいのボリュームで、ふにっと柔らかい感触も伝わった。背中を嫌な汗が占領する。

目の前にあった佐久間のユニフォームを掴み、縋るように助けを請う。

「どうしよう佐久間!」
「本っ当ーにばかだなお前」
「何かいい方法があるのか?!」
「知るかよ!んなもん全員にバラしてしまえっ」
「ふぇっ、佐久間ぁ」

一体何に対してイライラしているのか、片方の膝で胸を悪戯に刺激すると佐久間はベンチから降りた。そして数歩歩いて立ち止まると、此方に振り返る。

「さらし巻けばそんなに分かんねーよ」
「そうか!」
「ま、現地集合だから結局はバレるけどな。ざまーみろ」

一体何が「ざまーみろ」なのかがさっぱり分からない。取り敢えず、この数時間で俺は何かしらの解決策を見出さねばならない。

(佐久間が俺の部屋に泊まってくれたらいいのにな……)

この時の俺には、同じ寮の誰かに巻いて貰うと云う選択肢は存在していなかった。



*****

比較的今回は平和な。
気付きそうで気付かない。それが、源田だと思います。

201204.加筆修正




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