一方、赤司を筆頭に出て来た五人は揃いも揃って汗を掻いていた。
バスケでの汗ならばどんなに良かっただろう。そう思わずにはいられない程に彼らにとっては嫌なものである。所謂冷や汗と言うものだ。
男湯を出て直ぐの所で体躯の良いカラフルな頭が横一列になって並んでいる。それを見下ろすのは桃色の長い髪を頭の上部で簡単に一纏めにした敏腕マネージャーである桃井さつきであった。
何故彼らよりも背の低い彼女がこうして見下ろす事が出来るのかと言うと、答えは至極シンプルである。向かい合う様にして立っている桃井から見て左から赤司、緑間、紫原、黒子、青峰と全員が全員正座をさせられているからだ。他でもない、桃井によって。
「おいさつき! 何なんだよこれはよっ!」
足の痺れが早くも来たエースは桃井に噛み付きながらも正座を崩す事は無い。桃井は桃井で青峰の問いに答えることなく、ただにこにこと笑みを浮かべているだけである。
どうしてこうなったのかと言えば話はほんの数分前に遡る。
「お前らマジで黄瀬の事狙ってんの?」
「大輝、いつから狙っていないと錯覚していた?」
「赤司、その言い方は止めるのだよ」
「本当に赤司様と言うか、厨二臭いと言うか……」
「黄瀬ちんふわふわで気持ち良かったー」
深い紺色の生地に『男湯』と書かれた暖簾を潜り面した廊下に出ると、丁度目の前に昼間とは違う寝巻用のシャツを着た桃井が居た。一瞬気まずい空気が流れる。
「ねえ、赤司君達はここで何してるの?」
「あーその」
珍しく歯切れの悪い赤司に桃井はにこりと微笑んだ。初対面の人ならばイチコロであろう頬笑みはしかし彼らにとっては悪寒を感じる以外の何物でもない。
「そっかぁー、じゃあ、取り敢えずここに皆座ろっかぁ」
「桃井、その、笑顔が怖いのだよ」
「座ろうかぁ」
「……はい」
そして今現在に至るのだった。
「みんなひと汗流したから、入ってたんだよね? だって入浴時間はとっくに過ぎてるもんね?」
「あのね桃ちん。これには深―い事情があってね?」
「お風呂に、みんなで、入ってたんだよね?」
「……はい」
緑間に続き紫原までもが大人しくなる。双方彼女の笑顔に気圧されたのは言うまでも無い。
青峰は内心「なっさけねーなー」と思いつつもここまで怒る幼馴染も久方振りなので正直どうしたらいいものか考えあぐねていた。
「きーちゃん、居るよね?」
「あの、桃井さん。これは不可抗力であってきちんとした理由が」
「居たんだよね、テツ君?」
「……はい」
黒子、陥落。
赤司の頭にそのような文字が浮かんだ。しかし口に出そうものなら目の前に居る微笑を湛えた柳眉倒豎の桃色から何かしらのアクションが考えられるので黙っていた。
「で?」
「でって?」
「で?」
「いやだから」
「で?」
「……きせの、はだかを、みました」
流石幼馴染と言った所か。桃井から発せられたのはたったの一文字であるのに青峰は的確な答えを導き出した。勉強はからっきしである彼が何のヒントも無しに答えられたのは桃井から感じる怒気に対して野生の勘が働いたのだろう。下手をすれば命に関わると感じたからかもしれない。
この青峰の告白が引き金になったようだ。天使のような笑顔を張り付けていた彼女はみるみる般若のような表情になり、自分よりも大きい男達を震え上がらせた。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
後処理をした後に浴場の掃除まで終わらせた黄瀬が出てきた時には意気消沈した背中が見え、驚くと共に困惑の表情を浮かべた。黄瀬の存在に気付いた桃井が合図を出せば、今まで桃井の方を向いていた彼らは一斉に正座のまま≪回れ右≫をして黄瀬の方を向き、床に両手をつくと勢い良く頭を下げたのだった。
消灯まで後三〇分の出来事である。
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