「ぅ、ぁ……っ、い……たい、も……なんで、こんな時に……」
じわり。
視界が滲む。
下腹部と腰に感じる鈍痛。それに伴うように股の内部が此方の意思とは関係無く疼く。そして明らかに何かがそこから≪出ている≫と分かる感覚は小学生のある時期からずっと月一で訪れるものだ。
上体を起こしたと思えば急に蹲る様に背を丸めてしまったので囲んでいた彼らは黄瀬に何が起こったのかさっぱり分からず慌てふためいていた。しかし表情筋が固い彼らはあまり焦っているようには見えない。良くも悪くも落ち着いているように思えるがしかしそんな彼らの両手は宙を所在無く彷徨わせていた。
「おいっ黄瀬! どうした?」
「大丈夫ですか?」
「一体何が起こったのだよ」
「黄瀬ちん? どっか痛いの? 黄瀬ちん?」
「個人差があるとは聞いていたが……そうか」
口元に手を当てて一人納得する赤司は疑問に満ちた視線を送る四人を余所に、黄瀬の滑らかな白皙の腰を擦った。
「生憎ここに居るのは全員男だからな。こういう場合どうやったらお前が楽になるのか分からない」
擦るのを止めるかと問えば黄瀬は小さく首を横に振った。そしてか細い声で「そのままがいい」と言ったのだ。くぐもった鼻声であったのは顔を伏せて泣いているからだろう。裸体を見られた事以上の羞恥が今彼女を襲っている。
度々小さく呻いたりびくりと肩を揺らしたりするものだから現状を呑み込めないでいる黒子達は何が起こっているのかさっぱり分からず、その顔に不安の色が見える。けれども赤司は心配こそすれども不安の色を一切見せていないので、恐らくは大事には至らないのだろうと推測する事は出来た。
「もう嫌っス……死に、たい……」
ぐすぐすと鼻を啜りながら噎び泣く黄瀬の口からポロリと出た言葉に一同は過敏に反応する。
「黄瀬さん。簡単にそう言う事を言ってはダメです」
真っ先に厳しい声を発したのは黒子だった。未だに黄瀬の容体が急変したことに驚いているようではあるが、今のは聞き捨てならないと瞳の奥が憤怒に燃えている。
「黄瀬ちん。オレ、黄瀬ちんが死んじゃったらすっごく悲しいし……」
しゃがみ込んだ上に巨体を丸めて黄瀬の頭の高さに合わせる。彼女を見つめる瞳も声も悲しみに濡れていた。
「涼。確かにお前は今人生最大の辱めを受けていると言っても過言ではない」
「赤司……」
赤司の尤もな意見に誰もフォローを入れる事は出来ない。もっとオブラートに包んではどうかと言う意味を込めて緑間が彼の名を呼んだが効果は薄いだろう。
ぐす、と啜り泣く声が聞こえる。
黄瀬が抱える羞恥心の程度は計り知れないが、死にたいと思う程なのだ。男の彼らからしたら、オナニーで絶頂を迎えた所を実母に見られる以上の物なのだろう。それを考えると確かに墓場まで持って行きたいくらいには思う。
「だがな、涼。未来の旦那であるこの赤司征十郎が全ての責任を持とう。本来オレしか見てはならないお前の裸を見たここに居る連中には望むなら記憶から抹消させてやる。勿論この件に関しては他言無用を貫く。オレがお前の全てを守ると約束しよう」
この赤司の言葉で四人の男は火が点いた。
誰が、誰の、未来の旦那だと言うのだ。そのような勝手な真似は幾ら赤司とは言え許されない。例え神が許したとしても自分達は許さない、と気迫が語る。
「ふざけないでください。黄瀬さん。ボクは確かにここに居る狼達に黄瀬さんの裸を見られた事についてはショックです。しかし止むを得ない緊急事態でしたので今回は黄瀬さんを助けてくださった事に免じて、現彼氏であり未来の旦那であるボクは目を瞑りましょう。大丈夫です。これから先は絶対に誰にも見せません」
「お前達何を好き勝手に言っているのだよ! そもそも黄瀬はまだ誰のものでもないだろう。まあ、何れはオレの伴侶になる予定だが。勿論そうなる為の人事は尽くしている。しかし今日この出来事は全くの予想外だったのだよ。だが、黄瀬の命が助かっただけでも良しとしよう。黄瀬、何も恥じる事は無い。オレがお前を幸せにすると約束するのだよ」
「ちょっとちょっとミドチーン。あんまりウザいと捻り潰すよ? ね、黄瀬ちん。オレがいーっぱい黄瀬ちんのこと愛してあげるからオレと一緒になろー? で、いーっぱい一緒にまいう棒食べよ? 黄瀬ちんはオレと一緒に、オレの隣りで生きてなくちゃ絶対ダメだしー。オレ以外の奴の隣りで生きていくとかオレ絶対許さないからね?」
「バーカ。お前らマジ勝手な事ぬかしてんなよな。黄瀬は入部して来た時からオレのモンなんだよ。黄瀬の体も黄瀬の心も黄瀬の何もかも全部オレんだ。誰がお前らみたいな魔王と腹黒とムッツリとガキ何かに渡すかよ。おい黄瀬。見られちまったモンはしゃーない。コイツらに素っ裸見られた事はこの際不問にしてやっから、顔上げろ。そんでオレだけ見てろ。オレがお前を簡単に死なせると思ったら大間違いだかんな。これから先、お前の全てを見て良いのはオレだけだ」
突然始まった大告白大会とも呼べる負けず嫌い達の口喧嘩は確かに黄瀬の耳に聞こえていた。聞こえていたからこそ反応が出来ないでいる。
黄瀬もこんな事になるなんて思いもしなかったのだ。こんな状況で告白紛いな言葉やプロポーズ紛いの言葉を耳にするなど誰が思うだろうか。
冗談にしろ本気にしろどう言葉を紡げばいいのか困る事に変わりはない。
しかし何か言わなければこの沈黙がツライ。
そして意を決した彼女が口にした言葉は彼らにとって予想の斜め上を行ったようだ。
「……て、……っス」
「え?」
未だに俯いているからか上手く聞き取れた者はおらず、誰からともなく訊き返していた。
そして漸く顔を上げた黄瀬は耳まで真っ赤にさせながら涙目で側に立つ五人を睨むように見渡して言った。今度は、しっかり伝わる様にハッキリと。
「全員今すぐここから出てけーっ!」
思えばそうだ。介抱してくれた事に勿論感謝はしている。しかし原因も分かっている上に、本人も目を覚まし意識もハッキリしているのだ。これ以上彼らがここに留まる理由など微塵も無い。第一彼らが出て行ってくれない事には黄瀬は着替えようが無いしその場所から動くことすら憚られるのだ。
黄瀬の怒声を浴びてそそくさと外に逃げるように出て行く五人の背中を見送り、扉か閉まった所で漸く長い息を吐いた。
後で改めてお礼を言いに行こうと心に決めて。
未だにドキドキと鳴り止まない鼓動を着替えながらどうやって静めようか考えながら、ショーツに片足を通す。同時に先程彼らが言った言葉に返事をしなくてはならないだろうかと考えると静まる所か一層騒がしくなるので籠が入っている棚の角で何度か額を打ち付けた。
(あれは冗談っスあれは冗談っス。みんな私を励ます為に言ってくれた言葉っス。鵜呑みにしちゃダメっス!)
血液で汚してしまったベンチやタオルの後処理をしながら黄瀬は一人悶々と心を静める事だけに集中していた。
だから、出て行った後の頼れる五つの背中がどうなった事かなど、微塵も思考が回らなかったのだった。
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