「黄瀬ちんさぁ、親は何て言ってんのー?」
みんなが部室で着替える中、俺は一人部活に必要な物――桃っちに言われた物だけ――を棚から出していた。そんな時、ふと紫原から話を振られる。其処に他のみんなの視線も俺に向いた。
「ああ、今居ないんスよ二人とも。仕事で」
共働きで良かったとつくづく思う。その分一人にしては広すぎる住まいの家事は大変である。
「まあ、その日を狙ったからな」
「赤司っちは少しくらい罪悪感を持って欲しいっス」
しれっと言ってのける我らが主将こそ、俺の体をおかしくした張本人だと言うのに相も変わらずの飄々とした態度だ。こう言う自分が正しいとか絶対的な態度は青峰と大差ないようにも思える。
「ふーん。じゃあ夜とか危険だよねー」
「何でっスか?」
「さぁー?」
「えー、何スかそれ」
「でも良く桃ちんが言ってるじゃん? 『青峰君っ! 女の子を置いて勝手に帰っちゃうなんてヒドいじゃないっ!』って」
恐らく桃井の真似なのだろう。裏声を使いながら着替え途中の青峰の腕を掴んだ。
「オイコラ紫原っ! 気持ち悪ぃ声出してんじゃねーよ! っつーか離せ! お前無駄に力あんだから痛ぇんだよ!」
「えー」
その不満げな声は、気持ち悪い声に対してなのか離せに対してなのか無駄に力があることに対してなのかはっきりしなかった。しかし恐らく全部であって全部でないのだろう。彼はそう言う人だ。
扉横の壁に凭れながら黙考していた赤司が何か思い付いたように突然パッと顔を上げた。
ああ、嫌な予感しかしない。
「よし。涼太の家に泊まろう」
「……はああああっ!?」
やっぱりこの主将は碌な事を言わない、しない。
手中にあった荷物はスルリといとも簡単にすり抜け、ガシャンと派手な音を立てながら中身が散らばった。
「確かに物騒な世の中だからな。お前を一人にしておくのも心配だ」
「そう思うんならさっさと俺を男に戻して欲しいっス」
「さて、流石に全員で押し掛けるのは良くないから此処は俺が代表して行く、と言うことで決定だな」
「サラッと流さないないで欲しいっス!」
「異議有りっ! ボクも彼氏として黄瀬君と同棲したいです」
「赤司にも黒子にも異論しか無いのだよ!」
「赤司テメェずりぃぞ! 俺だって黄瀬の風呂上がり拝みてーよ!」
「えー、俺も黄瀬ちんと一つ屋根のしたで暮らしたいしー」
「みんなして何か異論の方向間違ってるっス! っていうか青峰っちサイテー!」
赤司の発言を皮切りに各々が好き勝手に物申している。
何で泊まる事は決定しちゃっているのかさっぱり分からない。それ以前に俺の意見などまるで聞いていない。いや元々俺の意見を尊重される場面自体稀少なのだが。
ぶちまけた中身をいそいそと詰める。背後で騒ぐ口論はその輪から抜けていると何を話しているのか分からない。時折「黄瀬」やら「おっぱい」やら聞こえてくる。青峰だけは来るな。
「あっちゃー」
ストップウォッチの一つが棚の隙間に入り込んでしまった。女になったお陰で柔らかい脂肪が纏っている上、体も二回り以上は小さくなっている。だから腕をその隙間に突っ込む事は簡単だった。けれども紐に指先は当たるもののそれをうまく引っ掛けられない。
体勢も少々キツいし腕が入るとは言え半ば無理矢理に突っ込んだ節もあるので棚の底と床に潰されている圧迫感は否めない。
「ひぁんっ!」
そんな時、大きい手がお尻をさらりと撫でた。
「何するんスか!」
「あ? お前がんな格好してっからだろーが。ケツ撫でろっつってるよーなもんじゃん。あ、もしかして突っ込んだ方が良かったか? 頭下げてケツ突き出して、如何にもバック希望だもんな!」
「あんたマジサイテーっスね!」
こんな事する奴、一人しかいない。青峰だ。ああもう有り得ない。何が有り得ないって触られてちょっと気持ちいいとか感じた自分が一番有り得ない。
「さっきからお前何やってんの」
「棚の下にストップウォッチが入っちゃったんスよ。紐に指先は当たるんスけど……」
「ったく。なら、もうちょっと隙間がありゃあ取れんだな?」
「あ、そっスね」
「さっさと取れよ」
「へ?」
話しながら青峰は壁に立て掛けていたパイプ椅子をどかして自分が其処に入った。一体何をするんだろうと下から見上げていれば普段ボールを弄っている両手は棚に添えられ、そして腕に力が入った事を盛り上がった筋肉が教えてくれる。
圧迫感が無くなり腕をより奥へと進ませ目当ての物を掴む。
「取れたか?」
「あ、うん」
「じゃあさっさと抜け。危ねーから」
「……うん」
サッと腕を引けば、ドン、と重低音が鳴る。棚の脚が再び床についた。少しズレているのか元々脚のあった場所には埃が無い。
「あ、青峰っち」
「ん?」
「あの、ありがとう……」
「おー」
「あ、じ、じゃあ、俺行くね! 桃っち待たせてるし!」
どうしてだろう。顔に熱が集まるのを感じる。
バタバタと急いで扉を開けて俺は出て行った。しかし直後、閉めた扉を再び開けて俺は相手にちゃんと届くように声を出す。
「今日、青峰っち家来る?」
「おー行く」
「了解っス! あ、帰りは夕飯の食材買うの手伝ってね!」
あれほど拒否していたのに、どういう心境の変化だろうか。それは俺自身不思議でならない。
けれどもこの時、自然と口から出ていたのだ。何かお礼をしなければという気持ちもあったかも知れない。
こうして、男の身体に戻るまでキセキのみんなが俺の家に泊まる日課が追加された。
キュンとかっ!
(してないっ!)
←|→