誰かっ! [ 2/8 ]



 それは突然のことでした。
 赤司が一本のペットボトルを俺に差し出したのが始まり。

「涼太は炭酸大丈夫だよな」
「はいっス」
「じゃあやる」

 赤司の手には透明な液体が気泡を出している。それは容易にサイダー水を彷彿とさせた。

「どもっス。赤司っちって炭酸だめっスか?」
「そうじゃないよ。ただ、その味は好きになれない」

 この時、どうしてペットボトルのラベルを剥がしているんだろうとか味は馴染み深いサイダーだとか蓋は開いていたけれど中身が減った様子は無いなとか不審な点だらけのそれを素直に疑問と共に嚥下した事を今になって酷く後悔した。

「うわああああっ! 寝過ぎたっス! ってかみんな起こしにてくれたって良いじゃないスかー!」

 そう喚きながら俺は体育館倉庫の扉を開けた。
 最近の俺は休日練習の時、昼食後は倉庫内にある器械運動用のマットの上で一五分の仮眠を取るようにしている。
 ここの所部活後に仕事へ向かうことが多かった俺に緑間が提案してくれた。一五分目を閉じるだけでも違うらしい。けれども確かに起きた後は頭がスッキリしていることが多かった。
 そして、今日も例外なく午後練再開三〇分前に倉庫に入ったのだが見事に寝過ごした。五分オーバーだ。怒られる――だけでは済まされない。

「ってか何でみんなシカトすぶっ!」

 此方を見たまま何の反応も示さない部員達に向かって歩を進めた。しかし五、六歩行った所でそれ以上進めなかった。
 足が何かに引っかかり思い切り前方に転けたのだ。それこそ、ズベシャッ、と漫画ならば擬態語がついただろう。

「っもー! 何なんスかっ」

 鼻の頭を押さえながら上体を捻って足元を見る。けれども思わず言葉を失ってしまった。

「へ、え?」

 伸びた足先の奥に左足側のバッシュが置いてきぼりを食らっている。いつの間に脱げたのだろうか。そんな感覚は一切無かった。しかし更に俺の思考を停止させる物が目に入る。
 足首の所でハーフパンツが下着ごと纏まって有るのだ。ああ、どうりでスースーするわけだ何て納得しかけて我に返る。

「うわっちょっエッ、なんでっっ!」

 真っ赤になりながらTシャツの裾を目一杯伸ばす。
 最悪だ。良く分からないけど最悪だ。
 一人羞恥に悶えていると、良く知る低い声が静まり返る体育館に響いた。

「誰コイツ」

 耳を疑った。
 その場に居た緑間も紫原もあまつさえ黒子も何かを探るような視線を向けている。

「へ、ちょ、何の冗談スか……?」
「最近さつきが騒いでた例の変態か? 初めて見たわ」
「何、を言って……」
「でもあれ男だったか?」
「ねぇ、青み」
「練習はどうした」

 スッと空気を切り裂くような鋭い声が入口から聞こえる。たった一言にも威圧感が含まれ、全員が息を呑んだ。しかし俺はそれどころではないし青峰がその程度で怯む訳もなく、厳密に言えば《俺ら二人を除いた》と付け加えることになる。
 異変に気付いたのか赤司と倒れたまま呆然としている俺の目が宙で交わる。瞬間、フッと目を細めた。

「起きたかい、涼太」
「あ……かし、っち……」
「涼太って……はあっ!? 黄瀬ェ?」

 一体何に驚いて居るのか分からないが青峰の表情は見るからに本気だ。緑間も口にこそ出さないが目を見開いている。紫原に至ってはお菓子をポロリと手中から落としていた。
 そんな中、黒子だけが近付く。徐に目の前にしゃがんで腕を掴んだ。 

「黒子っち……」
「驚きました。黄瀬君、なんですね」

 そっと起こしてくれた彼は矢張り優しい。何故か下半身露出してしまっているので正座になりながらも裾を伸ばして隠す。
 パンツも履いていない状態じゃあ立ち上がってズボンを上げる事も出来ない。
 そんな俺の心情を悟れない筈は無いのに、優しい彼は思いもよらない一言を吐いた。

「黄瀬君、立ってください」
「え……あの」

 有無を言わさないとばかりに掴んだ腕をぐいっと持ち上げる。
 あれ、黒子っちってこんなに力あったっけ? 何て考えてる間に俺は転ぶ前の体勢へと戻っていた。
 こんな所で部員に下半身を見られるとは誰が思うだろうか。

「黄瀬君、僕を見てください」

 首を振って拒否を示す。

「黄瀬君、大丈夫です。取り敢えずは」

 何が大丈夫何だと心の中で叫びながら、気付けばぎゅっと瞑っていた目をそろりと開ける。
 黒子っちの水色の練習着がまず目に入る。そして徐々に上へとズラし、彼と目を合わせた。ああ、泣きそうだ。

「黄瀬君、何か感じませんか?」
「股がスースーするっス」 

 素直にそう答えれば何だか複雑そうな顔をされた。何で?

「他には?」
「え、と……んー? みんなの視線が痛いっス」
「それは仕方ありません」
「うぅっ」
「もういいです。黄瀬君、どうして僕を見上げているんですか?」
「え?」

 言われて漸く気付く。俺も黒子もちゃんと立ってるのに何故か俺は見下ろされている。

「黒子っち、背伸びたっスか……?」

 なあんて。

「何で黒子っちに見下ろされてんスかーっ!?」

 水色のシャツを掴んで涙ながらに訴えかければ明らかに気分を害したのかムッと眉間に皺が寄った。ああしまった何か失言しちゃったのかもしれない。
 そんな混乱と焦りに満ちた俺とは反対に赤司が楽しむような口調で口を挟む。

「ちょっと面白いものを見付けてね。試すなら涼太しか居ないと思ったんだ」

 予想以上の出来だよ。
 何て珍しく頭を撫でて誉める赤司の意図が読めない。と言うか赤司も俺を見下ろしている。

「暫くの間、女の子になってもらうよ」
「誰が?」
「涼太が」

 にっこりと笑うキャプテンを初めて見た。それは俺が途中入部だからとか関係ないらしい。緑間達も顔が引きつっていた。
 ああ、もう、訳が分からない。
 《取り敢えず大丈夫》っていうのは下半身は見えてないから大丈夫だけど、何故そうなるのかと言う原因については何も言えない。そんな意味がきっと込められていたのだろうと今更ながらに気付いた。
 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
 俺は学習した。キャプテンから飲食物は貰っちゃダメだ!


誰かっ!
(この人何とかしてっ!)

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