8月5日 [ 5/31 ]



あー……怠い。痛い。何なんだ。


8月5日


目覚めの悪さがこんなにも最悪だった日は無いと云うくらい今日は最悪だった。理由は、一生経験しないと思っていた月経のせいだ。昨日から始まり今日で二日目になる。
未だに真っ赤に染まったそれを見るのが嫌でならない。慣れなのだろうが、どうにもグロテスクに感じるのだ。(世の女性には悪いが)

そんな朝を迎えたが今はすこぶる気分がいい。俺の背中には真っ白なゴールがあって、俺の前にはみんなの背中がある。この眺めが俺は大好きだ。

今日の部活はAチームとBチームに分かれ各々の技を磨くと共にチームの連携を鍛える為、模擬試合をしている。

「源田先輩っ!」
「来いっ、成神!」

チーム決めをした時の成神は散々喚いていたが、いざ試合となると気持ちが切り替わり頼もしいMFの顔を見せる。普段の成神からは想像もつかないが、これも成神なんだ。

「俺の、愛です!」

そう言って打たれたシュートを真正面で受け止める。以前より増した力ではあるが、まだまだだ。俺が止めた所でタイムをカウントしていたデジタルタイマーの音が鳴り響いた。

「成神、いいシュートだったぞ!」
「有り難うございます!」
「たが、技の名前は変えた方がいいぞ?」
「え、や、あの……」

模擬試合とは言え実際の試合時間と同じだ。但し、ロスタイムは設けていない。

「源田」
「咲山。お疲れ」
「おー」

俺が成神に声を掛けベンチに戻る途中、同じチームの咲山が話しかけてきた。マスクをつけたままMFと云うポジションは息苦しくないのだろうか?

「お前さ、敵を褒めてどうする」

先程の成神との遣り取りのことだろう。顔の3/4は隠れているが、覗かせている右目からは呆れの色が窺えた。

「そう言うのは試合が終わってからやるんだったな」
「ま、別にいいけど」

ほら、と渡されたドリンクを受け取る。勿論、感謝の言葉は忘れずに。

「咲山は本当に気が利くな」
「は?そりゃ源田の方だろ?」
「そんなことは無い。俺は、結構咲山に感謝しているんだ。色々と助けて貰っているからな」

咲山にしてもらったことを思い返していると自然と笑顔になる。そしてそのまま思っている気持ちを吐き出したら、咲山はそっぽを向いてしまった。この反応は怒っている時とは違う。それが分かると何だか安心した。

「咲山?」
「っ、後半始まるぞ!」

投げるようにボトルを置くと咲山はさっさとフィールドに行ってしまった。咲山の態度を疑問に思いながら俺もボトルを置いく。グローブを嵌め直している時、ふいに後ろから声を掛けられた。

「おい」
「ひあっ!」

びくんっ、と肩が跳ねる。心臓がドクドクと脈を打つ。原因が驚いたからなのは明白だ。ぎゅっと胸を押さえながら後ろを振り向くと其処には機嫌の悪そうな顔があった。

「なんだよ」
「ごめん、佐久間。ちょっと驚いただけ……」
「まあいい。お前さっき」
「さっ佐久間!後半始まるぞ!」

一歩、俺に歩み寄った佐久間を避けるように俺はフィールドへと走った。ゴールに向かう途中、何故そのような態度を取ってしまったのだろうと自分に問い掛けてみたが返事は無い。否、そもそもあれは避けたのではなく只時間が無かったからやむを得ずのことだ。あまり深く考えないようにしようと思ったら余計に気になってしまった。バカか、俺は。

結局今日の試合は俺の居るAチームが勝った。激しい攻防戦を繰り広げていたが、此方が一枚上手だったらしい。主に積極的に点を取りに行ってくれたのは佐久間だ。Bチームは成神だったり寺門だったりしたので油断は出来なかったが。

「明日も今日と同じ練習だ。チームはまた崩すからな」

反省会が終わると佐久間が明日について一言付け加る。それに対しての返事がスタジアムに響き渡った。

全員が部室へと戻って行く時、俺は一人残って後片付けや手入れをしていた。大体これをやり終わった頃にみんなが部室から出て行くので、時間潰しには最適なのだ。

「源田」
「佐久間。何で居るんだ?」

てっきり部室に行ったとばかり思っていたので驚いた。あまりに呆けた顔をしていたのか何かを企んでいるのか、佐久間の口角がニヤリと上がる。

「一緒にシャワー浴びてやろうと思ってさ」
「い、要らん世話だ!」
「昨日はあんなに泣きついて来たのにな」
「忘れてくれ!」

お願いだから!
昨日の自分を思い出すだけで顔から火が出そうだ。今思うと、物凄く恥ずかしいことをしたのではないか。

恥ずかしさを紛らわすようにボールをぎゅっと抱き締める。俯いた顔は佐久間に見られることはないが、自然と体が震えた。それは、何かを恐れているのか恥ずかしいだけなのかは分からない。

「顔上げろよ」
「い、やだ」
「何で」
「今は……ダメだっ!」
「何で」
「ダメなんだ!」

梃子でも動かない俺に呆れたのか、頭上から「あっそ」と素っ気ない言葉が降ってきた。今の顔を見られるわけにはいかない。絶対に変な顔になっているから……。
ズシッと突如きた重みに、思わず呻き声が上がる。

「佐久間……重い」
「知るかよ」
「佐久間……」
「何だよ」
「苦しい」
「知るか」
「痛い」
「知るか」
「佐久間」
「ばーか」

更にずっしりと重みが背中にのしかかる。サッカーボールが胸を圧迫して段々息苦しくなってきた。もう少し言えば、胸が押し潰されて痛い。

「佐久間、胸が……苦しい」
「そりゃ恋だ恋」
「お前のせいだ」
「そうだな。俺のせいかもな」

明らかに意図的な会話のズレを感じる。一体何が目的なのかさっぱり分からない。
佐久間は体重を掛ける一方で、それに比例して俺も痛くて苦しくなる。胸の間でギュッギュッとボールが潰されていくのが分かる。

「顔っ!」
「……」
「顔……上げる、からっ!」

だから、とその後に続けるとほぼ同時に圧迫感から解放される。ハァー、と長い溜め息が出たのは無意識だった。今まで感じていた顔の熱も佐久間のお陰で引いた気がする。

ゆっくり顔を上げると、いつの間に移動したのか佐久間がいた。勝ち誇った顔は少し腹が立ったが怒りよりも笑いが先に込み上げて来た。

「ふふっ……あはははっ」
「何笑ってんだよ。源田のくせに」
「い、痛っ。痛い痛い」
「お前長袖だからそんなにダメージ無いだろ」

依然としてボールを抱き締めたままの腕をスパイクで蹴られる。帝国のFW様はGKは腕が大事だと云うのを存じ上げ無いのだろうか。

腕を蹴っていた足がボールを器用に掬い取り、俺から奪う。足の甲に乗せられたボールは高く上がると頭、背中、膝、太股と移動していった。佐久間のリフティング捌きをこんな至近距離で見るのは初めてだ。

そして極めつけと言わんばかりの勢いでボールは芝の上に落とされ、それをスパイクで踏む。先程まで拭いていたボールが目の前で踏み潰されるのはあまり良い気分ではない。

「嫉妬した。それだけだ」
「は?」

意味が分からなかった。どうしてそんな話になるのかも、何に対しての嫉妬なのかも分からない。話が見えない話と云うのはどうももどかしい気分になる。

「意味が良く分からないんだが」
「今は、な。その内分かる」

踏み潰されたボールは綺麗な弧を描き、少し離れた籠の中にすっぽり入った。涼しい顔でやってのけるのだから確実に入るという自信があったのだろう。まあ、弱気な佐久間など見たことも無いが。

「咲山と何話してたんだよ」
「何でそう話が飛ぶんだ」
「ハーフタイムの時、何話してた」

脈絡がないのはいつものことか、と半ば諦めて咲山との会話を思い返す。

「試合中に敵を褒めるなって。後はドリンクを取ってくれたからお礼とか」
「とか、って事は他にも有るんだろ?」

「話せ」と言わんばかりの佐久間の目は怖くは無かったがいつもより威圧的である。仁王立ちの佐久間と座ったままの俺。自然とお互い首を動かさければ視線は絡まない。

「咲山は気が利くから凄く助けられてるって伝えただけだ」
「ふーん」
「それ以外はもう無いぞ?」
「俺は?」
「何が?」

今日はやけに話が飛ぶなあ、と思う。そもそもこんな話なら明日でもメールでも電話でも出来るのに、何故わざわざシャワーを浴びるのを後回しにしてまで訊くのかが不思議でならなかった。

「俺は気が利かないわけ?」
「んー……まあ、どちらかと言えば利かない方だな。佐久間だし」
「どういう意味だよ」

若干低くなった声は気分を害した証拠だ。あからさまな態度に思わず笑みが零れる。

「それでも、俺は佐久間に沢山助けて貰ってるから」
「咲山くらい?」
「それ以上。いつも佐久間に頼ってばかりだ」

そんなことで張り合おうとする意図は分からないが、今一番感謝すべきなのは佐久間だろうなとぼんやり思った。今思えば、入学式の時から俺は佐久間に助けて貰ってばかりいる。その話についてはまた今度。

「そうか」

嬉しそうな顔。俺の好きな佐久間の笑顔。可愛い笑顔と云うよりは満足げな顔だった。佐久間がにっこりと云う擬音がつきそうな笑顔を見せる時は、十中八九良からぬ事を企んでいる時だ。長年一緒に居て学んだ知識である。

「じゃあ、これからもずっと俺に感謝しろ」

俺様な台詞を吐き捨てると、そのまま部室の方へと歩いて行った。佐久間らしいと言えば佐久間らしい。裏を返さなければ言葉の真意が相手に伝わらない言い方をわざとするのだから少なからず佐久間はひねくれ者だと言える。

「頼りにしてるぞ。いつだって……」

ボールの籠を片付けたら俺もシャワーを浴びに行こう。

重たいボール籠が今日は少しだけ軽く感じた。



*****
どうした私。としか言いようが無いぞどうした私。

ツンデレっぽいがひねくれ者だと言い張ります!鬼道にはデレデレにしたいのに佐久間が思うように動いてくれないのがもどかしいっ!(笑)

201204.加筆修正




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