昼休み [ 7/7 ]



「俺の分の写真も注文しといてくれねっスか?」
「集合写真とー……後は俺が載ってるやつで!」
「ありがとっス! こんな事頼めるの、桃っちしか居ないから良かった〜」

 そう言って、黄瀬は忙しなく昇降口へと走って行った。それは午前最後の授業が始まる直前の事だ。
 午後から仕事を入れられてしまったらしい。部活は遅れても絶対に顔を出す、と分かれた直後にメールが入った。
 そんな遣り取りがあって、今、桃井は二人分の注文表を持って廊下に集る人の中に居る。
 固より頼まれて断るつもりは無かった。しかし同じクラスの紫原に頼んだ方がと思ったものの、その考えは直ぐに消す。「あのムッ君が」と思ったのだ。
 他にも青峰、赤司、緑間、黒子と頭の中で上げてみたもののどれも頼めそうにない人物であった。バスケや勉強ならばまだしも、修学旅行の写真を注文書に記入する作業だ。頼んだ所で一蹴されるのは目に見えている。更に言うならばこういう事は男子に頼むより女子に頼んだ方が確実である。

「他の子には頼めそうにないし、仕方ないよね」

 自分のと同時進行で黄瀬の分にも記入していく。ふと周りの女子の紙と黄瀬用の紙の印の位置が似ている事に気付く。

「ああ、そっか。ある意味これもブロマイドだもんね。しかもプライベート」

 黄瀬の女子からの人気を見れば一目瞭然である。一人納得しながら次々に印を付けていく。

「きーちゃん、写真写りいいなぁ……」

 雑誌の黄瀬を友人に見せて貰った事があったがそこにいるのは自分の知る‘きーちゃん’ではなく、モデルとしての“黄瀬涼太”だった。
 レフ板やCG修正の効果だと思っていたが、こうしてズラリとならぶ写真を見ているとそれだけではないのだと知る。黄瀬が日頃から肌の手入れに手を抜かない結果だ。
 クラスが違う分、こうして写真を見ていると何だか胸が高揚感で膨らむ。

「赤司君ときーちゃん、一緒に京都回ってたんだ……。舞妓さんだ! これみっちゃんとアヤだよね、かわいいっ。私も体験したかっ……うわぁ、この人美人さんだ」

 きれいだな、と素直な感想を思っているとふとその写真に違和感を覚えた。どこかがおかしい。明らかにおかしいのだがそれが何なのか分からない。
 そうして頭を悩ませている時だった。

「え、ちーちゃん舞妓体験したっけ?」
「してないよー。ってか一緒の班だから知ってるでしょ」
「でもその番号ってこの舞妓さんだよね?」
「さっちゃん知らないの? これ、黄瀬君なんだよ!」
「うっそー! 私も買う!」

 他クラスの女子生徒の会話が聞こえて納得した。

「普通の舞妓さんよりも大きいんだ!」

 写真では分かり難いが種も仕掛けも分かってしまえば全て合点がいった。被写体と背景の比率が他の舞妓に扮した生徒と比べて明らかに違うのだ。

「でもこれ、きーちゃん欲しがるかなあ?」

 逡巡した後、その番号はスルーする事にした。黄瀬が頼む筈がないと分析の結果を導いたのだ。

「分かってたけどそれにしても……」

 黄瀬の写真は何枚も見るのに目当ての人物の写真は集合写真以外見つけられていない。その事実に愕然とする。

「テツ君……」

 某紅白のボーダーシャツを着たメガネの男を探せよろしく彼の姿を捉える事はそれ以上に困難であった。雪山で落とした一円玉を探すが如く。
 こうして漸く最終日の所まで辿り着いたが一際人集りで賑わう箇所があった。
 あまりの多さに近付くのは難しそうだと悟った桃井は近くに居た友人に声を掛ける。矢張り何があるのか知っておきたいのだ。十中八九黄瀬の写真だろうが、念の為だ。

「帰りの飛行機の黄瀬君だって! この人の数だから私もまだ見てないけど、番号は――」
「ありがとう」

 ついでに自分と他に黄瀬が写っている番号を聞き出した。正味帰りの飛行機の分は要らないかなとも思うが一応訊くだけ訊いてみた。
 お礼を言ってその場を立ち去る桃井は「代理注文したよ!」とメールで伝える。勿論、相手は黄瀬だ。すると直ぐに「ありがとう桃っち! 今度お礼させて欲しいっス!」と返ってきたので部活帰りにアイスでも奢って貰おうかなと一人上機嫌になりながら注文書提出箱へと歩いて行った。

 それから三日後。
 まさか最後の最後に実物を見ずに注文した写真が、寝顔だとは思わなかった。
 そして、――注視しなければ見落としてしまいそうな程度ではあったものの――はだけた制服のシャツの間から五つの虫さされのような赤い痕が点々と写っていた事など、桃井が知る由もない。


「写真……これ、なんっ……もうお嫁に行けないっス」
「お前何俺以外のヤツに付けさせてんだよふざけんな」
「黄瀬ちん寝た後に気付いたから俺も寝る前に便乗〜」
「お手洗いで席を立ったら変な虫が付いていたみたいなので虫除けに」
「まさか俺の所有物を汚されるとは思いもしなかったよ。だから改めて目に見えるように証を刻んだだけだ。所有物のね」
「フン。直ぐに虫を付けてくるからお前は駄目なのだよ。そんな物、ただの消毒に過ぎん」




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -