只でさえ、今、色々と混乱しているというのに。
只でさえ、今のままで充分いっぱいいっぱいなのに。
8月4日
朝、起きたら佐久間の顔が浮かんで来た。あまりにも突然で、あまりにも自然だったので寝起きの頭がついて行けていないのが分かる。けれども体は正直のようで、熱が顔に集中した。
(何で佐久間なんだ……)
この3日間の出来事が全て佐久間が絡んでいるのが原因なんだろうか?
考えていても答えが出そうも無かったので、顔を洗うことにした。
未だに鏡の前に立つのは嫌だ。女としての自分を見たく無いのが本音だが、此処に来なければ顔を洗うことすら出来ない。女になってしまった自分を認めることも諦めることも出来ない自分が腹立たしい。現実を受け止めなければならないのに受け止めたくない自分が居る。
(元に、戻れるのかな……)
もしも戻らなかったら……と考えると背筋がぞっとした。今は夏休み中だからいいものの、9月に入れば新学期が始まり有無を云わず学校に行かねばならない。そうなると、男子の制服を着たのでは逆に目立ってしまうのが目に見えて分かった。
本日何度目か分からない溜め息を鏡の自分と共に吐く。そしてそのまま蛇口のコックを捻った。
いつものように着替えていつものように部室へ行く。無駄に大きい胸のせいで肩が凝って痛い。軽くほぐしながら歩いていると、腰にも痛みが走った。
「寝違えたかな?」
内側からズキズキと痛むが運動が出来ない程でもない。その為か、全く気にせず通常通りその日は部活に取り組んだ。
腰の痛みは時間が経つ毎に酷くなり、腹痛まで襲ってきた。あまりにも突然で、思わずゴールの前で立ち往生してしまった。辺見の通常のシュートを難無く入れさせてしまったが、今はこの痛みをどうにかしたい気分に駆られる。
「源田、大丈夫か?」
俺の不調を察した辺見が近付いて来て様子を窺う。俺は小さく「大丈夫だ」と呟き、顔を上げた。
「すまない、辺見。ちょっと集中出来なかっただけだ」
「大丈夫かよ。もしかして、昨日のことか?」
「昨日のこと」と言われて脳裏を過ぎったのは佐久間からのキス。(しかも舌まで入ってきた!)あの後何気なく寺門が佐久間に訊いていたが、佐久間の答えは「だって俺食べ損ねたもん」だった。
つまり、最後に食べたのが寺門だったら寺門にあれをしたと云うことなのだろうか。佐久間の言い方では偶々俺が最後の一枚を食べたからそれを間接的に貰う為にした、と考えられる。
そう思うと何故か胸の奥がずきんと痛んだ。
「ま、部員全員が居る目の前で堂々とディープはなあ……」
「ディープ?何が深いんだ?」
「はっ!?ディープキスだよ。昨日佐久間とヤったろ?!普通のキスよりも更に上のキス」
信じられん、とでも言いたそうな辺見に益々頭の中の「?」は増すばかりだ。
佐久間とのディープ(とやら)を思い出す。未だに感覚が消えることなく残っている佐久間の唇、舌に思わず顔が赤くなった。
「あ、あ、あれはっ別にキ、キスとかじゃなくてだなっ」
「んなワケねぇだろ」
「違うんだ!あれはっ佐久間はっ只、レモンの蜂蜜漬けが欲しかっただけなんだ!」
「お前なあ」
「だから、あれを寺門が俺に食べさせずに自分で食べてたらきっと寺門にしたと思うぞ!」
赤面した顔を誤魔化したくてつい大きい声を出してしまった。「何事だ」とチラチラみんなに見られて余計に恥ずかしくなったのは云うまでも無い。
「辺見、俺は男だぞ?」
「今は女だろ?」
「でも男だ。佐久間が男の俺にキスとかそんなものをする訳が無いだろう」
「そうか?」
なかなか引かない辺見は意外と強情だと思う。まあ、俺が言える立場でなないが。否、俺は只ムキになっているだけだ。女として見られているのが嫌なだけなんだ。
「じゃあ辺見は俺にそういうのをしたいと思うのか?」
「へ?!や、それはっ……だなあ」
「ほらみろ」
「つまりはそう言うことだ」と言ったら何だか複雑そうな顔をされた。何故だ。
考えるけれども佐久間の集合の掛け声で俺の思考は其処で終了になった。
みんなが帰った後に俺はシャワーを浴びる。その間にずっとズキズキと痛みが互いに主張をしていて正直立っているのも辛いくらいだった。
「何なんだ、コレ」
思わず壁に手をついて肩で息をしていたら下半身に違和感を感じた。何とも形容し難い違和感で、自分では止められない。何かが下半身から出て行くような、そんな感じがした。フト床を見ると真っ赤な水が排水口に向かって流れて行く。太股を伝う鮮血と直接床に落ちて行く血の塊が視界に広がった。
「な、んだ……コレっ」
怖かった。ただただ怖かった。正体不明の恐怖感に襲われ膝から折れるように崩れた。ぺたんと床に座り込んても尚紅い水は流れていく。ガクガクと震える体を抱き締めた。小さく丸くなって自分を守るようにしても恐怖感は拭いきれない。
そんな時だった。扉の向こうから誰かの声がしたのだ。こんな姿を見られたら、という不安よりも、今の俺を助けて欲しかった。
「誰だよ。シャワー出しっ放しにしてんのは」
近付いた声と共に開けられたドアの向こうに居たのは、驚いた顔の佐久間だった。
「さ……っくま、ぁ」
「源田?どうしたんだ!?つか何泣いて」
「さくまっさくまぁっ」
体が濡れているのも忘れて佐久間に抱き付く。佐久間は驚きながらも背中に腕を回してくれた。
「どうした?誰かに襲われたのか?!」
ガタガタ震える俺をぎゅっと抱き締める。制服が水を吸って変色したが佐久間は何も云わなかった。
佐久間の問い掛けにフルフルと首を横に振って佐久間の言葉を否定する。安心したのか抱き付いた佐久間の体から力が抜けたのが分かった。
「だったら」と何かを言いかけた時、佐久間の言葉が其処で途切れた。恐らく足の間から流れる血を見たのだろう。そう考えると涙が止まらなくなり抱き付く腕に力を入れた。
「き、きゅうに、血がっ出てっ……こ、わくて……」
嗚咽混じりに言葉を紡げば佐久間の口から深い溜め息が漏れる。それが安堵の溜め息だったと知ったのはもう少し先になってからだ。
「さく……ま?」
「良かった。取り敢えず、ね」
未だ出続けるシャワーを止め、佐久間は俺をバスタオルで包んだ。そして再び抱き締めるとポケットから携帯を取り出し耳に当てる。
「もしもし、鬼道さん?佐久間です」
どこに掛けているのかと思ったら、異変が起きた初日に色々としてくれた鬼道だった。また鬼道に迷惑をかけるのかと思うと申し訳無い気持ちが溢れる。
通話が終了したのか、佐久間は携帯を再びポケットに入れる。そして、俺の頬に触れると顔を上げさせた。若干強引気味だった気がしなくもないが。
「寒いだろうが少し待ってろ」
「また鬼道か?何だか申し訳無いな」
「否?俺が呼んだのは鬼道さんの妹の方だよ。まあ、多分鬼道さんもついてくるだろうけど」
頭には本日二度目の「?」が浮かんでいた。佐久間の顔を見ても優しく笑うだけで何も云わない。
「ごめん、制服」
「いいよ。乾くし」
それっきりこれといった会話は無かった。正直な所、気まずく感じていたのだ。もしかしたら辺見に云われた言葉を気にしている自分がいるからかも知れない。
暫くして部室に鬼道と鬼道の妹が姿を見せた。例の如く鬼道と佐久間は外に追い出されてしまったが。
そして、その時に教えてもらった。今まさにこの状況が女性特有の「生理」なのだと。ああ、こんなに辛い思いをしているんだな……と言ったら、痛みは個人差があるらしい。俺の場合は生理痛が酷い部類に入るそうだ。
一週間もあるのかと思うと気が重い。鬼道の妹に、色々と手配してもらったり御教授してもらった。
出る血液の量が多いと出ているのが分かってしまうのが何よりも気持ち悪い。一週間無事に過ごせたらいいなと心底思った。
しかし、何故佐久間は帰って居なかったのだろう?
そんな疑問が生まれたが、鬼道の妹による熱心な説明を聞いていたらいつの間にか頭の隅に追いやられていた。
*****
生理ネタって下ネタに分類されるんでしょうか?
まあ、女体化パロさせてる方は殆どの所がやってるネタですよね(笑)面白みが無くてすみません←
源田はやっぱ初めてだから怖がるんじゃないかなあと。段々心が乙女になる源田です(笑)
あれ。でも終わり方が考えていたのと全く違うものになっt
201204.加筆修正
←|→