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「あれ、電気が点いてる……」

 帰り支度を済ませてフロアの点検をしている最中、ドアの小窓から光が漏れている教室を見つけた。
 ビル自体が閉まる時間帯なので一階の喫茶店や受付を除いたフロアや事務所、各階の講師陣の作業スペース以外は照明を落とされている。それ故に明かりが点いている教室は目立ち、気付きやすいのだ。
 薄暗い廊下を歩きその教室まで辿り着く。源田がそこを開ければたちまち廊下に光が溢れた。

「成神」

 室内を覗けば規則正しく上下する背中と隣の机まで占領している問題集や参考書が詰まれているのが視界に飛び込んできた。起こさないようそっと近付けば微かに聞こえる寝息を立てている。
 普段は同じクラス――稲妻塾内で、である――の洞面や幽谷、一階上に居る霧隠などと一緒に騒ぐ姿を度々見掛けるくらい元気な彼だ。それが今――見た感じの推測でしかないが――自学中に睡魔に襲われ机に突っ伏している。これには源田も驚きを隠せない。
 何故なら、元気こそいいものの警戒心は人並み以上を持つ成神がこれ程までに無防備な姿で眠っているのだから。

「お疲れ様」 

 砂木沼に見付かっては友人と共に揃って怒られている場面をよく目にする。そんな時でも「反省しています」と言う態度を取るが、瞳は「次の休み時間は何をしよう」と考えているのが良く分かる。
 その瞳が今は瞼の奥に隠れている。
 今、この階に居るのは源田だけである。塾長は最後にビルの入り口を施錠しなければならないので今は一階の事務室に居る。
 各々の階に残っている講師が電気や施錠確認をし、帰り際に事務室に寄ってその階の報告をする。そう言うシステムになっているので必ず各階には最低一人が就く。当然、自習室も例外ではない。但し、地下に関しては塾長が確認することになっていた。

「しかしそろそろいい加減に此処も閉めないと……」

 ふと壁に掛けてある時計を見る。時刻は九時半を回ろうとしていた。言わずもがなブラインドの隙間から見えるのは夜の闇だ。
 規則として生徒は夜の十時になる前にビルから出なければならない。それが出来なかった場合、その日その階を担当していた講師が責任を取ることになる。ここで言う‘責任’とは所謂“解雇”に等しい。
 しかしこうも気持ち良く眠られては起こすに起こせない。考え倦ねた結果、半になったら起こそう、と言う結論に至った。
 けれどもそんな源田の小さな気遣いは無残にも一分と経たずして終わった。

「成神ーっ!」
「帰ろうぜーっ!」
「もう時間だよ!」

 バタバタと人気の無い廊下を走り、それとは対称的な明るい声を響かせる三つの声。それが一体誰のものなのかなど源田にとっては「1+1」よりも簡単なことであった。
 脳裏に思い描いていた人物が開けっ放しのドアから姿を見せる。

「成神っ! 帰ろう!」
「コンビニでプリン買ってこーぜーっ」
「期間限定のやつ今日で最後だよ!」
「しー」

 ぴょんぴょん跳ねながら誘う洞面と一際大声を出す霧隠や幽谷に、すかさず反応する。唇の前に人差し指を一本だけ立てて無声化された「し」を長音と組み合わせて出す。
 それに気付いた洞面は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。同じ様に幽谷も塞いだが霧隠に関してはキョトンとした顔で「源田じゃーん」と人懐っこい笑顔を向けてきた。

「後少しだけそっとしておいてくれないか?」
「……?」
「何で?」
「……あ」

 洞面は口を押さえたまま無言で首を傾げる。初めから意に介さず発言していた彼は洞面の疑問を代弁するかのように口にした。そして源田が答えるより早く、幽谷が気付いたようだ。両手の隙間から小さく声を上げた。

「成神、寝てる」
「珍しいねー」
「えーつまんねー。起きろよー」
「だから……」

 成神の周りを囲むように移動しながら口にする彼らを止められず、とうとう成神がもぞもぞと動いた。

「ん……あれ?」

 長針が文字盤の「6」を指すにはまだメモリ二つ分ある。しかし目を覚ましてしまったものは仕方がない。
 あんな寝顔を見て起こすに起こせなかった自分よりも、もしかするとこの賑やかな彼らの方が余程相手のことを理解しているのかも知れない。そう思うと自分の甘さと未熟さを痛感した。

「ほら、もう閉めるぞ」
「うわっ! 源田先生っ!」
「成神顔赤ーい」
「洞面うるさいっ!」
「成神ぃー、寝癖すっげー」
「えっ! ウソッ!」
「霧隠先輩の嘘だから大丈夫だよ」
「なんだぁ……もうっ」

 コロコロと表情を変える成神が新鮮でつい、その顔をじっと見つめていた。その視線に気付いたのか、成神が少し恥ずかしそうに源田を見る。

「あの……、何か?」
「え、ああ……すまない。ただ……」
「はい」
「ほっぺたに跡がついてるぞ」
「え!」

 そう言ってやればわたわたと慌て両手で頬を隠す仕草をする。それが何だか可愛く見えた。
 正直に「お前の顔に目を奪われた」などとは流石に言えず、つい、小さな嘘で誤魔化してしまう。しかしそれが以外にも効果があったらしく、申し訳無いことをしたと心の中で反省した。
 けれどもこう言うのも偶にはいいかな、と思う源田であった。

「ほら、半になったぞ。さっさと帰る!」
「はーい」
「へーい」
「はい」
「はいっ!」




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