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 地下の資料室からエレベーターで一気に4階まで上がる。今日は中学三年生の授業だ。
 高校受験を控えた生徒が扉の小窓から必死にテキストを捲っているのが見える。そうして色んな教室を通り過ぎ、源田が行き着いた教室は和気藹々とした空気が漂っていた。
 一瞬、間違えたかなと疑ってしまうくらいに。

「っだぁーーー! ワケワカンネー!」
「落ち着け円堂。だから、‘サ行変格活用’は一つしか無いんだ」
「風丸……そう言う回りくどいヒントは要らないから答えを教えてくれ」
「それじゃあ、意味ないでしょ? ね、半田」
「へっ? あ、あぁ……おうっ」

 確かに今は休み時間ではある。しかしこれはあまりにも他教室と比べて緊張感が無さ過ぎる。
 殺伐とした空気よりも居心地は良いが、しかし受験生と言う立場的には如何なものだろう。

「どうしたんだ?」
「あ、源田先生」
「今、学校の宿題をやってたんだよねー」
「俺はさっきの授業が始まる前の休み時間に終わらせてて、松野は学校でやったのでそれぞれ円堂と半田のを見てたんです」

 なるほど。席の位置からして風丸は円堂を、松野は半田のを見ているらしい。

「苦戦してるみたいだな」

 特に円堂、とは口が避けても続けられない。そこはあくまで心中に留めた。
 そんな源田を知る由もない円堂が泣きそうな表情で見上げてくる。

「先生! 助けて!」
「風丸がいるだろう?」
「風丸は答えを教えてくれない!」
「俺も答えは教えないぞ?」
「そんなぁ〜っ!」

 別に源田からしてみれば突き放したわけではないのだが、円堂にとってはそうは行かないらしい。仕切りに「先生! 源田先生っ!」と懇願していた。
 自分で考えなければ身に付かないと言うのは全く伝わっていないらしい。恐らく彼の大好きなサッカーに例えればすんなり納得してくれるだろう。けれどもそうしないのは、サッカーの話題を出したことで受験勉強そっちのけになりかねないからだ。

「じゃあ、コレだけは教えて!」
「何だ?」
「糸お菓子ってどんなお菓子なんですか!」
「え?」

 彼の手元のプリントは縦書きであるから国語であることはまず間違いない。
 授業も教科書と連動したものを取り入れているので、彼等の習っている箇所も一通り予習はした。しかしそんな源田の頭の中には「糸お菓子」というものが出て来る物語など思い浮かばない。

「‘ねるねーる’みたいなやつ?」
「糸お菓子……糸お菓子……イトオカシ、いと……あッ!」

 思い至る所があったのか、源田の表情が閃きのものへと変わる。
 そして徐にホワイトボードへと近付き、ペンを握った。

「違うぞ円堂。糸お菓子じゃない」

 キュキュッとペン先がボードの上を滑る。
 そこには「いと」と「をかし」を間を取って書かれている。

「‘いと’は英語で言うところの‘very’だ。糸じゃない」

 漢字で糸と書くと、それを赤いペンで大きく×印をつけた。
 そうして漸く円堂が理解したのか驚きの声を漏らす。

「‘をかし’は“quaint”だ」
「く、あ?」
「‘spicy’とか“artistic”とか」
「調味料ってことか?」
「自然などの味わいのある様子のことを言い換えてみろ」
「……味わい深い?」
「あ、何か微妙に惜しい」

 うんうん唸る円堂を見ていると、無性に「頑張れ」と応援したくなる。
 掠ってはいるがなかなか辿り着けないでいる。
 そんな彼を見かねてか、風丸がヒントを出していく。

「何とかのある」
「屋根のある?」
「四文字」
「えーっと……」
「最初は、お」
「おトイレのある?」
「最後は、き」

 思わずぶは、と吹き出してしまったが考えることに必死な円堂は全く気付かなかったようだ。風丸に至っては笑いを堪える所か呆れの色が伺える。
 因みにトイレは厠だぞ、と言ってやろうかとも思った源田ではあるがそれは未遂に終わった。これ以上情報を与えると彼のキャパシティーがオーバーすることなど火を見るより明らかだ。

「お……き、のある?」
「二文字目は、も」
「おも、き……おもき……あ! おもむきのある!」
「正解っ」

 大きな溜め息と共に風丸が言う。
 恐らく今の彼の肩には疲労の二文字が重くのしかかっていることだろう。

「何か聞いたことあるぞ! おもむきのある!」
「授業で散々習ったからな」
「じゃあ円堂、いとをかしの意味がこれで分かったな?」
「スッゲーおもむきのある! だろ!」
「ん……ニュアンス的にはそうだけど、その答えだと丸にならないぞ?」
「嘘だろ!」
 本気で言っていたのか円堂が心底驚いた顔をする。その横で風丸が「だからお前はいつも英語のテストが」とお説教を始めた。
 こんな調子で高校受験は大丈夫なのだろうかと、心の奥底から思う源田であった。



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