8月3日 [ 3/31 ]



「よし!休憩っ」

佐久間の声がスタジアムに響き渡る。その声に反応した部員が一斉に返事をする。

鬼道が抜けてからは殆ど佐久間が指揮を執っていた。まあ、佐久間の事だから鬼道以外の人の下につくのが嫌なだけなのだろう。あいつの鬼道に対する気持ちはきっと今の気温以上に熱い。

各々タオルで顔を拭いたり水分補給したりしていると、フト俺はあることを思い出し更衣室へと向かった。

「あったあった」

少し大きめのタッパーを2つ手に持って再びフィールドに姿を現す。大した時間は掛かっていなかったはずだ。にも拘わらず成神が物凄い形相で俺に駆け寄って来たものだから思わず一歩下がってしまった。

「どうした?」
「源田先輩の姿が無かったから心配したんですよぉっ!佐久間先輩の姿も見えないから俺てっきりどこかに連れ込まれて一昨日みたいにあーんなことやこーんなことをされてたのかと思っ……ぃでっ!」

勢い任せに喋っていた成神が突如大人しくなる。何やら頭を両手で押さえているようだった。頭が痛いのか?と訊こうとした時、テンテンと小さく跳ねるサッカーボールが見えた。
それを片足で押さえつけて止めた人物――

「佐久間……」
「何するんですか」
「お前じゃ無いんだから俺は源田を襲ったりしない」

いきなり何を言い出すのかと思えば、とんでもないことを口にし始めた。その佐久間の言葉に便乗する成神も成神だが。

「俺が、いつ、先輩を襲ったって云うんですか!」
「自覚ねーのかよ!一昨日源田に襲いかかってきたじゃねぇか」
「それは佐久間先輩でしょう!俺が源田先輩の部屋に着いた時には馬乗りしてたじゃないですか!」
「おっ、お前ら!」

2日前の出来事なのに殆ど忘れていた俺は段々記憶が蘇り、何だか恥ずかしくなってきた。ヒートアップする2人の言い合いは一昨日の出来事から徐々に話題がズレていき、どうも内容がおかしい。おかしいと云うか、更に恥ずかしい。

昼間の会話としては不適切な言葉を繰り出す佐久間と成神。思春期真っ盛りなのは分かるが、声量を、TPOを、弁えて欲しい。こんな時、鬼道だったら何と云って仲裁に入るだろうかと知らず知らずの内にぼんやりと頭の奥で考えていた。

「源田、その手に持ってるのは何だ?」

あの2人をさらりと無視した寺門は恐らく敢えて何も触れようとしないのだろう。成る程。放っておくのも一理ある。

指を差されたタッパーに視線を落とし、ああ、と小さく答える。

「レモンの蜂蜜漬けだ。休憩にみんなでと思ってな」
「へぇ、そりゃあ助かる。サンキュ!」
「どう致しまして」

蓋を開ければ蜂蜜の甘い匂いが鼻孔を擽る。寺門は一枚手で掴むとそのまま口に含んだ。

「お、旨ェ」
「そうか、良かった」

寺門の「旨い」発言に他の部員も集まって来る。あっという間に囲まれて、四方から次々と手が伸びる。2つ目のタッパーを開けるのは囲まれて間も無くしてからだった。

空っぽになった容器を見て驚いたが直ぐ後から嬉しさが込み上げてくる。作ったものを美味しいと言われて嫌な気分がするはずもない。

「源田」

喜びを一人噛み締めて居ると、寺門が話し掛けて来た。指先には一枚のレモンが挟んである。

「どうした?食べないのか?」
「口開けろ」
「え、どうして?」
「いいから」
「でも」
「ほい、あーん」

「あーん」と言われてつい、口を大きく開ける。ぽとりと舌の上に落とされたのがレモンだと気付くのにそう時間は掛からなかった。咀嚼して、咀嚼して、飲み込む。

「どうだ」
「ん、美味しい」
「ハハッ」

自分で作っておいて何だが、本当に美味しく出来たと思う。ただ、少し薄く切りすぎたかなと反省点もあった。

「あ」
「ん?」
「付いてる」

そう云って、親指で口端を拭ってくれた。どうやら食べさせて貰う時、蜂蜜が垂れたらしい。寺門の親指に付着した微量の蜂蜜がてらてらと光る。

「舐めるか?」と訊かれたので、何の躊躇もなくその指をペロリと舐めた。口に広がるのは蜂蜜の甘い味。そして耳に聞こえたのは叫びにも似た大きな声だった。

「あ、あ、じ、寺門っ寺門先輩が……ああああ」
「寺門、お前何源田に指フェラさせてんだよ」
「はあっ?俺はただ蜂蜜を……」
「蜂蜜って何の話ですか!」
「おい源田、そのタッパーは何だ」

何故か責められている寺門に何か言葉を掛けたかったが佐久間の方が一歩早く口を開いたので思わず噤んでしまった。

「何って……レモンの蜂蜜漬けだが」
「え、何ですかそれっ?!」
「俺は食べて無いぞ!」
「お、俺もです!」

最低でも一人一枚は行き届くように用意して来たのだが、と考えていたら顔の横に掛かっている髪の毛を痛い程前に引っ張られた。瞬間、押し付けるように何かが唇に当たる。それは本当に突然で、乱暴で。違和感に気付いたのは口内に何かが侵入した時だった。

「んっ、……ふ、ぁっン」

昨日も一昨日も嗅いだ匂いが鼻を掠める。佐久間が愛用しているシャンプーだ。そんな事を考える余裕が無くなったのは侵入してきたものが佐久間の舌だと頭で理解した時だった。

「ご馳走様」

ニヤリと笑って俺を見る佐久間は、してやったりと言った瞳を向ける。昨日に引き続く静けさ。否、昨日の方がまだ少しは温もりが感じられた気がする。

佐久間が俺の横を満足げな顔ですり抜ける。その際、自分の唇を舌で舐めた仕草が酷く目蓋の裏に焼き付いて離れない。

「練習再開するぞ!」

静まり返ったフィールドに佐久間の声が凛と響いた。

「さ、ささっさ……さくっささくっ」
「お前らずっと言い合いしてたから食ってねぇんだよ」
「寺門、今の成神には何も聞こえてねぇよ」

成神の声も寺門の声も辺見の声も、確かに聞こえているのに、俺には届かない。全く届いて来ない。

何なんだろう。この前からおかしい。この前から、心臓が痛い。ズキズキじゃなく、ドキドキして痛いのだ。

一体、何なのだろう。


8月3日



*****
あれ。佐久源落ち?
何も考えて無かったけど……
寺門にも照れさせたかったのになあ……まあ、取り敢えず今回は寺門のターン佐久間落ち(になってしまった)


201204.加筆修正




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