03 [ 13/13 ]



 あれから一週間が過ぎようとしていた。忙しない日々がまるで嘘のようだ。源田家の屋敷内には穏やかな時間が流れている。大広間で過ごす時間を全員で共有するのがとても久しく感じた。

「美味しい……」
「いつもの茶葉だろ?」
「ああ、その筈だが」
「淹れ方を変えたつもりもない」

 頭に疑問符を浮かべる執事達に源田はくすりと小さく笑った。その様子に益々同じ物を浮かべるばかりだ。

「こうしてみんなが揃って、やっと落ち着いて一緒に休憩出来るなんて久し振りだから……」

 ティーカップを両手で包み込むように持つと、手の平いっぱいに温もりが伝わった。そう言えば温かい紅茶を飲むのも久し振りかもしれないなとここ最近の記憶を手繰り寄せる。しかし忙殺される毎日を送っていたからか飲食の記憶が全く残されていなかった。

「……」
「どうした?」
「あ、いや……何でもな」
「どうせまたくだらねーこと考えてたんだろ?」
「っそんなこと……っ!」
「仕事を詰めてた時の食事の記憶が無いとかそんなんじゃねぇの」
「……う、あ……その」

 的確に胸の奥に刺さる言葉は将に先程源田が考えていたことだった。伊達に長年源田の隣にいたわけではない。そう思わせる佐久間の言葉に源田は返す術も無かった。
 そんな中、チャイムの音と共に大広間の扉が勢い良く開いた。突然の来客に屋敷の住人は一斉に扉を凝視する。佐久間に至っては驚きの顔から一変して眉間に深く皺を刻ませている。

「幸次郎っ!」
「あ、え……小鳥遊?」
「勝手に先に進むんじゃねぇよ行儀悪ぃな……」

 時間差で姿を現したのは小鳥遊の執事である不動だ。鬼道が一体何事かと問えばなんのことはない、チャイムを鳴らす前に小鳥遊が走ってきただけである。勿論不動はチャイムを鳴らしてから入って来たので小鳥遊と時間差で姿を現すことになったらしい。

「幸次郎、私、今日は大事な話があって来たの」
「話?」

 つかつかと柔らかい絨毯の上をヒールで歩き源田と距離を詰める小鳥遊は目の前まで来ると立ち止まった。砂木沼が座るよう促してみたものの彼女はそれをやんわりと断った。

「幸次郎」
「何だ?」
「私と婚約破棄……ううん、婚約者候補から私を外して欲しいの」
「はあっ?!」
「っ!」
「……」
「お前、何言って……」

 突然の言葉に佐久間を始めとするその場の執事達は皆目を丸くした。不動すら初耳だったようで、文字通り開いた口が塞がらないようだった。

「それは構わないが……どうしたんだ?急に」

 言われた張本人はと言えば、案外あっさりと承諾してしまった。源田からしてみれば、本人が決めた事には口を出さないだけのことだ。しかしただすんなり受け入れるわけでは無い。候補とは言え、婚約の陰には政略の文字が隠れているのだ。そう易々と解消するわけにもいかない。だからこそ、理由を訊く必要があった。

「婚約者の会社を、利用されていたとは言え、潰してしまう所だったのよ? あんなことをしてしまった責任はちゃんと取りたいの。……こんなことでしか、私は何もしてあげられないの」

 眉を下げて笑う小鳥遊は矢張りいつもの元気な空気は纏っていなかった。彼女は彼女なりにけじめをつけたいのだ。

「俺は別に気にしてないのに……」
「私が嫌なのっ!」
「わかった」

 半ばムキになる小鳥遊を源田はクスクスと笑いながら承諾した。何がおかしいのよ、と口を「へ」の字に結んで抗議する小鳥遊に軽く謝罪の言葉を紡ぐ。
 ゆっくりとソファーから立ち上がるとそっと小鳥遊の耳に唇を近付けた。

「これで、ちゃんと不動だけを想えるな!」
「ッ?!」
「頑張れよ」
「ちょっ、え、ななななんで……ッ」

 真っ赤になって狼狽える小鳥遊に源田はただ無言で笑みを浮かべるだけである。そして、砂木沼にティーカップを二つ持って来るように頼むと、小鳥遊と不動をソファーへと促した。佐久間の左隣に源田が座り、その隣に砂木沼が座る。向かいには小鳥遊を真ん中にして両脇に不動と鬼道が座っている。
 お茶菓子とカップが揃った所でお茶会を再開させる。軽く雑談を交わしながら一時を過ごしていたが、フト思い出したように佐久間が話題を変えた。

「小鳥遊が降りたってことは、今、源田はフリーなわけだ」
「そうなるな」
「それが?」

 茶菓子に手を伸ばしながら鬼道が頷く。続けて砂木沼が疑問をぶつけた。佐久間はカップに口をつけて一啜りすると喉を上下させて液体を嚥下した。カップが離れた唇は上弦の月のように弧を描いている。

「なら、源田!」
「何だ?」

 佐久間はカップをソーサーに置くと、上半身を乗り出し源田との距離を一気に詰めた。二人の顔が一層近くなる。

「俺のものになれ」
「え……?」
「な、に……ッ?!」
「そ、れは……っ!」
「ブッ……!」
「はぁ?!」

 あまりにも真剣な眼差しで、声で言うものだから、花が開花したように源田の顔が真っ赤に染まる。鬼道は手に取ったお茶菓子が拳の中で粉々になり、砂木沼はポットから注いだお茶がカップから逸れてソーサーに零れている。お茶を口に含んでいた不動に至っては霧吹きのように勢いよく噴射した。
 平穏な日を取り戻した源田邸はいつものように和やかな時間が流れている。しかし、今日だけは様子が少し違うようだ。
 日溜まりで日向ぼっこをしながら昼寝をする源王は中の様子など知る由もなく、大きな欠伸を一つすると再び突っ伏していた。

 今日は少しだけ騒がしいティータイムになることだろう。



201205.加筆修正

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