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 源田の回復に比例するように、景気も回復していった。寧ろ落ちる前よりも良い方向へと伸びているようだった。それもこれもお前たちのお陰だと夕食の席で源田が笑顔で言ったのは執事達の記憶に新しい。いつもの主人に戻ったことに安心したのか、佐久間の顔に笑みが浮かんだ。

「今日はやけに機嫌がいいな」
「んなわけねーだろ。小鳥遊主催のパーティーを俺が楽しむように見えんのか」
「否。だから珍しいなと思ったんだが」

 壁に背中を預けて腕組みをする佐久間の隣に源田も並んだ。くすくすと小さく笑う源田に軽く肘鉄を食らわせる。

「今日はちゃんと主人らしくしてもらいますよ?」
「……分かってる」

 佐久間の言葉に声のトーンが下がる。本人は無自覚なのだろうが、余程主人と執事という上下関係が嫌いらしい。子どもっぽい我が主に苦笑しながら佐久間は徐に壁から背中を離した。そしてそっと源田の耳に自分の唇を近付ける。

「飲み物取ってきてやるから機嫌直せよ」
「っさく……ッ!」

 耳を押さえて真っ赤になった源田の顔を見ると佐久間は満足げに笑った。口端だけを吊り上げた意地の悪い笑みだ。しかし前髪の隙間から覗く左目は優しく暖かいものだった。
 佐久間が人混みに消えるのと入れ替わるように背の高い男が姿を現した。パーティー会場にはそぐわない丸いサングラスはシャンデリアが放つ光を反射する。真っ黒なスーツを身に纏った男こそ、以前鬼道が仕えていた主であり源田を追い詰めた張本人でもあった。

「これはこれは、源田君ではないか。入院していたと聞いたが?」
「影山さん、お久しぶりです。お陰様で現場に復帰出来ました」
「そうか、それは何よりだ」

 源田が軽く腰を折ってお辞儀をする。しかし影山はと言えばただ怪しげな笑みを浮かべるだけだった。

「君の所は財政が悪化して随分と大変なようだね」
「ええ。しかしそれももう過去の出来事です。私には優秀な執事が三人も居ますから」
「ほう」
「もう、崩れません。誰にも崩させません」

 いつものような人当たりの良い笑顔から一変して、源田の瞳が鋭く光った。その目はしっかりと相手を映している。彼の強い意志が青い色となって表れた。挑戦的な瞳は揺らぐこと無く影山を捉える。
 二人の間には、場にそぐわない空気が流れていた。それを払拭するかのように振動音が響く。失礼、と一言断りを入れて源田は携帯を取り出した。二言三言言葉を交わすとつい先ほど取り出したそれを元の場所に戻す。

「すみません。これからクライアントと急遽会わなければならなくなりましたので、私はこれで失礼します」
「……そうか、それは残念だ。君とはもっと話して居たかったよ」
「私もです」

 一礼すると人混みのに向かって歩を進める。しかし大した距離も歩いていないのにも拘わらず源田の足が止まった。体ごと振り向き影山を再び見る。その顔には一点の曇りもない笑顔があった。

「影山さん」
「何かな?」
「有り難う御座いました」

 再び背中を向けると今度は立ち止まる事無く歩き出した。人混みに佐久間、鬼道、砂木沼の姿を見つけると各々に声を掛ける。事情を飲み込んだ彼らは言わずとも自分の仕事を見つけ出して動き始めた。砂木沼は小鳥遊に退席する旨を伝えに行き、鬼道は一足先に会場を後にして車を表に出しに行った。

「佐久間は?」
「は? 俺はお前の側に居ることが仕事なんだよ」
「ハハッ、知ってる」

 入り口付近で佐久間と話をしていたら、小鳥遊と不動も一緒に砂木沼が姿を現した。

「何でお前らまで居るんだよ!」
「幸次郎を見送る為よ!」
「俺は何だかんだでこのお転婆の執事だからな」
「何よその顔っ! ムカつく!」

 何やら一波乱起きそうな空気に源田は苦笑しながら二人を宥める。落ち着きを取り戻したのを見計らって別れの言葉を告げる。見送りも此処まででいい、と。渋る小鳥遊を不動が上手く言いくるめた。

「行こうか。鬼道が待ってる」
「そうだな」
「ああ」

 源田は両脇に執事を携え賑やかな会場を後にした。赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下には足音が響くことは無かったが、二人の声と一人の笑い声は良く聞こえていた。



201205.加筆修正

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