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 鬼道達が病室に入った時、そこには点滴に繋がれたままの源田が上体を起こして笑っていた。佐久間や砂木沼と会話をしていた辺り元気のようだ。源田が鬼道達の存在に気付くと眉を申し訳程度に下げた。

「小鳥遊や不動まで……」

 点滴が終わったら直ぐ帰ると言い出した源田を佐久間が暴言を吐きながら殴る。仮にも病人なわけだが、佐久間には関係無いらしい。彼の行動に砂木沼は目を丸くし、鬼道は諫めるように名前を呼んだ。

「今日はそのまま入院してろ。帰って来るな」
「何だかそれは結構グサグサくるぞ?」
「佐久間はもう少し素直な言葉を言えばいいものを」
「うるせえよ砂木沼」

 個室とはいえ大の大人が五人も揃えばそれなりにスペースは埋まる。先程まで座っていたパイプ椅子を鬼道に譲ると佐久間はベッドの縁に越を下ろした。砂木沼も椅子を小鳥遊に譲る。初めは渋っていた小鳥遊だが、源田の一言でどこか気まずそうに座った。

「源田。それから、みんなにも聞いて欲しい」
「どうしたんだ? 改まって」
「俺は、影山の直属の部下で源田家の不利益になる情報を流すよう命じられていた」

 いつもよりも声は低く、しかし芯の通った揺るがない太さがあった。それとは裏腹に周りの反応は戸惑いを隠せない。その中で不動だけは腕組みをしたまま壁にもたれ掛かり小さく鼻で笑った。

「だぁから言ったじゃねーか」
「どういう意味よ」
「大した事じゃねェよ」

 不動の言葉に佐久間と砂木沼は奥歯をギリ、と鳴らした。しかし源田だけは何かを考えていたようだ。

「命じられていた、と言うことは今は命じられていないのか?」
「今はもう影山の部下ではない。奴とは本日付けで縁を切った」
「そんな事して良かったのか?」
「ああ、問題無い」

 偽って源田に近付き欺き続けていた相手に何故心配ばかりするのか鬼道には疑問が沸々と現れていた。しかし、それが自分が守りたいと思うようになった主人なのだと答えになっていないような答えを導き出す。
 しかしそれも今日で終止符を打たなければならない。鬼道の中でこの先の道は決まっていた。ゆっくりと立ち上がり源田を見ると一言「すまなかった」と口にする。源田にはその顔が寂しそうで、悲しそうで、今にも泣いてしまいそうな気がしてならなかった。そして、何となく悟ったのだ。鬼道が自分の元から離れて行くことを。

「ごめんな。気付いてやれなくて」
「源田……」
「自分の執事の事を把握出来ないなんて」
「ちがっ……」
「でも……もしそれでも、お前が良いと言ってくれるのなら」

 点滴が繋がれた左手をゆっくりと鬼道の前に差し出す。その瞳には迷いが見られず、真っ直ぐに鬼道に向けられていた。

「そんな俺を許してくれるのなら、これからも側に居てくれないか?」

 優しく細められた目は柔らかい笑みを作っていた。力の無い笑みが鬼道から漏れる。そしてそれは意を決した表情へと変わる。差し出された手に自分の左手を合わせると、互いに力強く握手を交わした。

「それは反則じゃないか?」
「そんなことはない」

 二人の遣り取りを黙って見ていた佐久間と砂木沼は静かに安堵の笑みを浮かべた。浮動は呆れたような溜め息を吐きながらも口元は弧を描いている。そんな安穏とした空気が流れる中、それを破るように小鳥遊が口を開いた。

「ごめんなさいっ!」

 腹からと言うよりは胸から出て来たような声に全員が一斉に視線を送る。椅子から立ち上がった小鳥遊は源田に向かって深く頭を下げている。真っ白なシーツにポタポタと静かに染みが出来た。小鳥遊の急な行動に源田は目を白黒させている。しかし頭を上げることなく涙で声を震わせながら胸の内を紡いでいく。

「私が影山に、源田財閥が不利になるような情報を話してしまったの。私があなたを追い詰めてしまった……っ!」
「源田、これには訳があるんだ。俺が影山に当たり障りのない曖昧な情報しか報告していなかったから、奴が婚約者候補である小鳥遊に目を付けたんだ」

 彼女は利用されただけなんだ。小鳥遊を庇うように鬼道が弁解する。けれども源田にはそれも不要なようだった。

「でも、そのお陰で会社の弱点が分かったんだ」
「お前、どんだけお人好しなんだよ」

 気持ち悪過ぎて吐き気すら起きねーぜ、なんて吐き捨てている不動だが逸らした瞳には戸惑いの色が見え隠れしていた。

「幹部から少しずつ景気も回復していると連絡があったから心配は要らない」

 連絡があった事は事実だ。鬼道らが病室に来る数分前に佐久間の携帯が鳴っていた。
 その旨を簡潔に伝えると、源田はベッドの上にも拘わらず正座をして姿勢を正す。そして何の迷いもなく頭を下げた。

「これからは、お前達にも手伝って欲しい」

 顔を上げた源田の瞳は一切の曇りもない。そして元気に笑ってみせた。
 彼の笑顔は不思議な力があるように思える。それは此処にいる誰もが思っていた。安心させるような大きな包容力を持っている。しかしだからこそそれについ甘んじてしまうのだ。その結果が今彼らの目の前に居る源田なのだが。
 もう次はない。主人を守ると強く自分に誓う源田家の執事。その表情は柔らかくありながらも瞳だけは強い意思を宿していた。



201205.加筆修正

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