03 [ 10/13 ]



 一等地を一体幾つ買い占めたのか疑問に思うほど、目の前に聳え立つ屋敷は大きかった。自分が仕えていた所も今仕えている所も同じようなものかと嘲笑する。呼び鈴を鳴らそうと腕を上げる前に門が大きな音を立てて開いた。

「よォ、随分遅かったじゃねーか」
「不動……」
「まあいい。さっさと入れ」

 ぶっきらぼうな言い草だが直ぐに姿を見せた辺り、自分が来るのを待っていたのだろうかと思うと前を歩く背中を警戒することも無かった。無理なアポにも何だかんだで対応してくれている。
 通された部屋は応接間のようで、骨董品が四方の壁に飾られていた。来客用のソファーに座って待つこと数分。鬼道が面会を望んでいた人物――小鳥遊忍が入室して来た。

「どうしたの? 鬼道が一人で此処に来るなんて……幸次郎は?」

 幸次郎。その名を聞いて鬼道は一瞬息が詰まった。それを壁に背を預けたまま黙って聞いていた不動がぴくりと眉を動かす。しかしそれでも一言も発さないままただじっと鬼道を見ていた。

「あいつは……今入院している」
「……っどういうこと?! 何で!?」
「落ち着けよ」

 癇癪を起こしそうな勢いで小鳥遊がまくし立てる。それを今まで黙していた不動が宥めた。その動きは流石幼なじみとでも言うべきか。机を叩きそうな彼女の肩を掴んでソファーの後ろから制止をかけたのだ。そして勢いに任せて背もたれに背中を藻どす。

「源田財閥の今の経済状況はお前も知ってるだろ。だったらそこの当主の性格を考えればぶっ倒れるのも時間の問題で予測出来ないわけじゃねぇよ」
「……全くその通りだな」

 不動が小鳥遊に言い聞かせるように吐いた言葉を鬼道が自嘲気味に笑って返した。想定内だったのに未然に防げなかった無力さを噛み締めているのだ。
 不動はあからさまに溜め息を吐く。まるで一連の流れのように大人しくなった小鳥遊から手を外した。

「で? 本題は何だよ。当主がぶっ倒れた報告にわざわざ来たわけじゃあ無いんだろ? 鬼道クン」
「……ああ」

 纏う雰囲気を一瞬で変えた鬼道に小鳥遊は固唾を飲む。鬼道は体内にある空気を全て入れ替えるように静かに深呼吸をした。そして、ゴーグルの奥から赤い瞳を鋭く光らせ小鳥遊を真正面から捉えた。

「ここ最近、影山と何度か接触したんじゃないか?」
「ええ。それが?」
「その時、源田家の状況も話していないか?」
「確かに……話したわ」

 少し考え込むような仕種の後、小鳥遊は顔を若干青くさせながら答えた。

「不動は付いて居なかったのか」
「あいつが来るのは決まって俺が屋敷に居ない時か、外で待機させられてたんだよ」
「成る程な。それならば上手く口車に乗せられてしまうのも合点が行く」

 後半は独り言のように呟いていたが、しっかりと目の前の二人にも届いていた。小鳥遊の表情は見る見るうちに真っ青になり、ぶるっと体を震わせる。

「どうしよう……どうしよう、私っ!」

 自分がやってしまった事の重大さに気付いた小鳥遊は今にも泣きそうな声で不動に縋り付く。それを優しく宥めながらも小さく舌打ちをした。行動とは裏腹に、内心穏やかでは無いらしい。腸が煮えくり返る一心をどうにか理性で繋ぎ止めているのだ。

「こいつを利用しやがったのか……」
「影山は、自分の不利益になるようなものは端から全て潰して行く。どんな手を使ってでもな」
「ふざけやがって」
「今回ターゲットになったのは源田家だ。此方の情報を他よりは多く持っていると思ったのだろう。だから婚約者候補の小鳥遊に目をつけた」

 暫し沈黙が続く。それと共に重たい空気が支配していた。各々が各々の失態を自覚し、それらに押し潰されてしまいそうだった。悔しさと不甲斐なさに震える。
 そんな時だった。沈黙を破るかの如くけたたましい電子音が鳴った。否、実際は大した音量ではない。しかし水を打ったように静まり返った室内だったからこそ、音が目立ったのだ。鬼道はポケットから携帯を取り出して相手を確認する。通話ボタンを押すと電話を耳に押し当てた。

「どうした」
『鬼道さん! 今すぐ戻って来て下さい!』
「何があった」
『目を覚ましたんですっ!』
「……っ?!」
『だから早く戻っ』
「分かった。直ぐに行く。切るぞ」

 佐久間の声に、言葉に、胸が詰まった。記憶ははっきりしているのかとか、異常は無いのかとか、訊きたいことは山ほどあると言うのに今は源田が目を覚ましたと言う事実で鬼道はいっぱいだった。
 急用だと言わんばかりの慌てっぷりに、不動が声をかける。

「あいつが、目を覚ましたんだ……」

 鬼道のその言葉にいち早く反応したのは他でもない、小鳥遊だった。ぴくりと揺れた肩に不動が気付かない筈も無い。
 真っ青な顔から一変して、血色が戻ってきたようだった。泣きそうな瞳は変わらずだが、含まれている意味が違う。

「わたっ、私も連れて行って!」
「……」
「お願い! 幸次郎に謝らなくちゃ!」

 必死な懇願に、微笑を湛えながら鬼道は小さく息を吐いた。「俺も謝らなければならないことがある」と呟かれた言葉は誰かに向けられたものでは無いと不動は感じていた。

「車出してやるから表に出てろ」
「不動っ」
「すまないな」

 重たい空気が払拭された部屋から、心なしか顔付きが変わった三人が出て来たのはそれから間もなくしてからだった。



201205.加筆修正

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