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 大きな音を立てて倒れた。

 佐久間達が病院に駆け付けた時には点滴に繋がれたままベッドに横たわる源田が居た。体を酷使したことにより疲労が負荷を掛けていたらしい。無理にでも休ませるべきだったと佐久間の表情は苦虫を潰したように険しかった。砂木沼も自分の無力さに右手の拳に力が入る。

「佐久間、砂木沼、少しの間ここを頼めるか?」
「鬼道さん?」
「どこか行くのか?」
「ああ、ちょっとな……」

 鬼道はそのまま病室を出ると適当にタクシーを捕まえて乗り込んだ。小さくなる病院を一度だけミラーで確認するとゆっくりと瞼を閉じた。
 車が奥へ奥へと走る度鬼道の胸の奥がキリキリと締め付けられる。車窓が建築物から生い茂った木々へと変わった。そしてやがて前方には周りの風景に似つかない豪奢な建物が姿を見せる。無意識に唾液を嚥下した。

「緊張……しているのか」

 手の平が汗ばんでいることに気付くと鬼道は力無く笑った。


 何もかもが豪奢な造りの屋敷は全体的に不気味である。輸入犬や噴水が目に付く中、門扉よりも不気味な建物の入り口が目に入った。暫くそのドアノブを見つめていると意を決したように握り締めた。

「珍しいな」

 屋敷の中にある利用者が限定されているエレベーターで最上階まで登る。たった一つだけの黒い扉を開けると、黒尽くめの男が先程の台詞を吐いた。
 重低音の声は落ち着いているようにも思う。しかし、実際は多大なるプレッシャーを与えていた。

「何か報告か?」

 真っ暗な部屋にパソコンのディスプレイだけが光を放つ。源田が倒れる前にも何度か目にした光景だ。しかしその時とは状況が違う。あの時の源田は今にも押し潰されそうだったのに対し、今鬼道の前に座っている男は唇を三日月にして悠々閑々としていた。

「総帥……貴方は一体何をしたんだ」
「何、とは愚問だな。全てはビジネス的戦略の一つに過ぎない」
「……っ影山、貴様……」

 薄暗い部屋で影山と呼ばれた男のサングラスが怪しく光る。

「俺は、もうあなたの元に戻るつもりはない」

 鬼道の発言に影山の眉がぴくりと動く。暫くの沈黙の後、影山の低い声が喉の奥で鳴った。それはただただ可笑しく笑っているようにも、見下しているようにも取れる。何を考えているのか全く読めない表情が鬼道を掻き乱す。ポーカーフェイスを保っていても心臓はこれまでに無い程五月蝿く鳴っていた。

「鬼道」
「……っ」
「お前がここを離れようとも構わない。だが」

 影山は一旦そこで言葉を切ると、一級品の椅子から立ち上がる。ゆっくりとした足取りで鬼道の目の前まで移動した。サンぐらい越しに見下しているかのようだ。しかし鬼道も怯まずゴーグル越しに睨み返す。

「私がお前だけに息をかけていたと思ったらそれは大間違いだ」
「っ、それはどういう……?!」
「お前の持ってくる情報は役に立たないものばかり。源田に毒されたことは直ぐにわかった」

 お互い一歩も動かず、目を逸らさず、ただひたすら睨み合っていた。どれくらいの時間が経っただろうか。そう思うくらい長く感じた。しかし実際は1分と経っていない。

「だが、そのお陰でなかなか使える人材を見付ける事が出来た」
「どういうことだ!」

 吊り上がった眉は同時に眉間に深い皺を刻んだ。警鐘のように鳴り響く鼓動は治まることを知らない。

「さあ、もう部外者は出て行って貰えないかな。此処は、影山グループの重役しか立ち入る事が出来ないんでね」
「……っ」

 じりじりと距離を詰められる。自然と鬼道の足は後ろへ、後ろへと一歩ずつ下がる。そのまま下がり続けドアの外へと追いやられた。

「残念だよ。私は君が気に入っていたと言うのに……」

 扉の閉まる音が重たく響く。廊下にも、そして鬼道の中にも。
 エレベーターの中で鬼道の脳裏に影山の言葉がリフレインする。

「くそっ! ……ふざけるな」

 小さい箱の中に鈍い音が鳴り響く。何度壁を殴っても鬼道の焦りが消えることはなかった。ポケットの中から携帯を取り出し暗記している番号を押す。数回のコールで出た相手は望んでいた人物ではなかった。しかしそれも鬼道には想定内だったらしい。至極落ち着いた口調で用件を伝えた。

「今から其方に向かう。何とかしてお前の主人に会わせてくれ、不動!」

 一分一秒無駄には出来ない。彼の中の焦りはどんどん膨らむばかりだ。表に待たせてあるタクシーまでの距離が酷く遠く感じた。



201205.加筆修正

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