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 これは先日不動が源田の敷居を跨いだ時のこと。不動を見送り、源田がリビングに戻ると執事の二人が渋い顔をしていた。立っていたはずの佐久間は源田が座っていた場所に座っている。そして砂木沼が淹れた主人の為の紅茶を迷うことなく嚥下していた。

「どう」
「何をしているんだ?」

 源田が声を発しかけた時、遮るように鬼道の声が重なる。びくりと佐久間の肩が揺れた。表情の変化に乏しい砂木沼ですら目を大きくしている。(但し、分かる人には分かる程度だが。そしてその分かる人は今の所源田しか居ない)

「誰か来ていたのか?」
「あ、ああ……会社の人がな」
「それでまたお前が見送り、か」
「ダメ……だろうか?」

 不安そうに鬼道の顔色を窺うように覗き込んだ。それに気付いた鬼道はゆるりと首を左右に振った。無言ではあったものの、その表情から決して怒っている分けではないようだ。

「丁度お茶にしようとしていた。鬼道もどうだ?」
「そっ、そうですよ! 鬼道さんも!」
「いや、俺は……」
「砂木沼、全員分用意してくれるか? 勿論砂木沼のも用意するんだぞ?」
「分かった」

 今度は源田が鬼道の言葉を遮る。観念したのか鬼道は佐久間の目の前に腰掛けた。其処で漸く源王の存在に気付く。

「お前も居たのか……」
「……」

 鬼道の問い掛けに答えるようにソファの上に乗り、鬼道の足に顎を置いた。そしてそのまま眠りを再開する。犬に嫉妬のオーラを出す佐久間を隣に座りながら源田が宥めた。
 折も折、砂木沼が新しい食器と共に姿を表した。磨かれた陶器の中に澄んだ色の紅茶が注がれる。その作業が終わったのを見計らって、源田は自分の右隣をポンポンと叩く。その仕草に面食らったようで、その唇を彎曲させた。そして砂木沼が座った時脈絡もなく佐久間が口を開く。

「不動って、何で小鳥遊の執事になったんだ?」

 お菓子を一口、お茶を二口喉に通す。そんな佐久間の言葉に「そう言われてみれば」と鬼道と砂木沼も考え始めた。しかしその思考を止めたのは他でもない彼らの主人だ。

「不動は小鳥遊の幼なじみなんだ」

 彼が発言したことにより、一気に視線を浴びる。それに笑顔で返しながら話を続けた。

「不動は小鳥遊の我が侭だ、なんて言ってはいたが」
「実際は違うと?」

 鬼道の言葉に黙って頷く。此処からは小鳥遊本人に以前教えてもらったんだ、と前置きしてから話を切り出した。

「結論から言えば、家庭の環境から救う為だそうだ」
「家庭環境?」

 佐久間の疑問には視線を一瞬だけ寄越す。

「小鳥遊は以前乳母と共に別の街に住んでいた。そこで知り合ったのが不動だ。しかし彼の家は……その」

 言いにくいのか途中で一旦言葉を切る。そして暫く間を置いた後「両親の仲が不仲だったんだ」と小さく呟いた。彼の父親が会社を不当にリストラされた上に多額の借金を背負わされたことが原因だと。
 小鳥遊の伝統として年頃になるまでは本家から離れて暮らすと言うのがある。そして彼女が本家に戻る時、不動を自分の側近にすると決めたのだ。

「前当主――つまり小鳥遊の祖父に、不動を専属の執事にしないと小鳥遊家を自分の代で潰すと豪語したらしい」
「何か、思ってたより重いな……」

 紅茶を飲むのも忘れていたのか、佐久間の手はカップを持ったまま宙に浮かんでいる。他の二人もどう反応すべきか困っているようだ。

「不動の中でもけじめはつけているんだ。だから、変に気を遣ったりするなよ?」
「今更だな」
「不動なんかに気を遣う程俺達は暇じゃないんだよ」
「私達は源田の執事だからな。やることも多い」

 鬼道の言葉を皮切りに、佐久間と砂木沼も思い思いの言葉を口にする。それは些か上段じみてはいたが、気遣うことはしないと言う辺りは本心なのだろう。源田もふわりと笑みを浮かべた。

「あいつはいけ好かない!」
「……佐久間。それは」
「そりゃあ、仕事は出来るし頭もキレるってのは以前の小鳥遊家主催のパーティーで嫌と言うほど分かった」
「じゃあ……」
「だがそれとこれとは別だ。あいつ、源田に馴れ馴れしくタメ口使いやがるしベタベタと触るしっ」
「俺は別に気にしてな」
「気にしろよ! このバカッ!」

 腹の底から出したのではと思うくらいの力強い罵声を浴びせ、カップの中の紅茶を一気に飲み下す。一体何に怒っているのかさっぱり分からない源田は助けを求めるように鬼道を見た。しかしゴーグル越しでは目が合ったのかすら分からない。気付いていないのか鬼道はカップに口を付けていた。それならば、と次は右隣を見るも視線を絡ませる前に砂木沼は席を立つ。「新しいものを淹れて来る」と言ってキッチンへと姿を消した。
 煮え切らない気持ちで少しだけ冷めてしまった紅茶を啜る。

「不動は良い奴なのに」
「お前の良い人はアテにならない」

 バッサリと斬られてしまった。これも長年共に居たからこそ言える言葉だ。多少なりともムッとした源田だった。しかし同時に頭を優しく撫でられたものだからつい話題と共に水に流してしまった。
 今が彼にとってベストならばそれでいい。遂に冷めてしまった紅茶を言葉と一緒に飲み干した。



201205.加筆修正

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