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 休憩のついでに外の空気を吸いに玄関から出る。その際、佐久間に一睨みされたが前科者の源田は苦い笑いを零すしか無かった。日頃の行いが災いしているのだ。自業自得である。短時間で外回りが出来るとは佐久間も思っていなかったらしい。「十分くらいの休憩だ」と言えばあっさりと了解した。広い敷地内でしかも歩きとなれば十分で行って戻ってくるのは不可能だ。
 玄関から少し離れた所で背伸びをしていると庭の方から源王が此方に向かって走って来た。飛び付いてきた源王を抱き締めようと両腕を広げるも、タイミングが合わず源王に押し倒されてしまう。

「ひぁっ、くすぐったい、ちょっまっ……!」

 首や顔を舐められ、その擽ったさに身を捩るもそこから抜け出せない。尻尾を大きく振る姿を見ると無理に退かす気にはなれなかった。源田にとっても予想外のリフレッシュの方法だったようで、満更でも無いらしい。

「上に犬を乗せて地面に倒れてる当主がどこに居るんだよ」
「へ? あ、不動……?」

 雲が頭上を通ったわけでもないのに陰ったのは不動が顔を覗き込むようにしゃがんでいたからだ。不動と言えばつい先日小鳥遊と共に源田家を訪れたのは記憶に新しい。その時は源田が手紙の返事をまだ返していなかったからだった。
 不動が源王を抱き上げたお陰で源田は漸く立ち上がる。腕時計を確認すれば予定時間を二分程過ぎてしまっていた。後に降ってくるであろう佐久間の小言を想像すると思わず溜め息が出る。

「そう言えば……」
「ああ、今日はアイツは居ねえよ。私情で来たから」

 言葉の終わりと共に不動は犬を手放す。源田が不動の周りを気にしていた意図を察したのか、不動は唇を三日月型に釣り上げた。そして犬の頭を撫でるように源田の髪に触れる。

「お前ん所の金魚の糞とは違うからな」
「そんな言い方……」
「誉めてんだよ」
「だったらもうちょっと言葉を選んだらどうだ?」
「手厳しいな」

 返事の代わりににっこりと笑う。源田の笑顔は自分と正反対だと心の中で毒づく不動は視線を逸らした。
 立ち話も何だし、と源田は不動の手を取るとそのまま玄関へと歩き出す。そんな源田の行動に不動の目は大きく見開かれた。触れられた箇所が脈打っているような気がした。熱が集中しているんじゃないかと思わず意識してしまう。

「源王もおいで」
「ワンッ」
「この犬……血統書付きには見えねぇな」
「ああ、雑種だ」

 有り得ない、とでも言うように不動は言葉を失った。金持ちの家には血統書付きの輸入犬がデフォルトだと思っていたからだ。どれだけこの屋敷の主人は常識離れしているんだと思ったが、考え方が庶民的なだけなのかも知れない。金持ちの常識を覆す源田家現当主に少なからず興味が出た。
 豪奢な玄関の扉を開けると先に犬を中に入れる。その後、源田は不動に入るよう促す。流石の不動もそれはどうかと思い、繋がっている手を利用して源田が先に入るよう仕向けた。

「お前、当主って自覚を少しは持ったらどうだ?」
「よく言われる」
「だろうな」

 源田に仕える三人の執事が安易に想像出来た。喉の奥でくつくつ笑っていると不機嫌な声音がロビーに響く。声の主は不動の姿を確認すると更に低くなった。

「おっせーよバカ。十分過ぎて……、何で不動が居るんだよ」
「相変わらず主人に御執心だなあ佐久間クン」
「うるさい。何で此処に居るんだ」
「番犬っぷりも相変わらずだな」
「小鳥遊と同じこと言うな」

 あからさまに厭な顔を見せる佐久間に対し不動は鼻で笑った。仄かに重たい空気が流れつつあったのを払拭したのは源王の一声だった。

「犬の一声、だな」
「は?」
「あ?」

 クスリと笑う源田にほぼ同時に佐久間と不動が異を唱えんとする声を上げる。無言で睨み合う二人を微笑ましく思いながら源田は源王の頭を撫でた。
 場所をリビングへと移すと源田と向き合うように不動が座った。佐久間は源田の真後ろに立ち、源王は不動の足元に寝そべっている。警戒心剥き出しの佐久間に対して源王はその気が無いようだ。野生の勘なのか人懐こい性格だからか直ぐに寝息を立て始めた。砂木沼が人数分のお茶を用意すると、不動は話を切り出した。

「もう一人は?」
「鬼道さんなら外出中だ」
「丁度良い」

 佐久間の言葉にニヤリと口端を上げる。眉間に皺が寄る佐久間をその目に映した。それにも拘わらず不動は一切気にした様子もなく話を続けた。

「単刀直入に言う。鬼道有人には気を付けな」
「え?」

 ストレート過ぎる言葉と内容に源田は反射的に聞き返す。どうやら目を白黒させているのは源田だけでは無いらしい。佐久間と砂木沼もその目を丸くしている。

「どう言うことだ?」
「出鱈目なこと言うな!」

 執事の二人は平常を装ってはいるが各々の感情が声に乗って表れている。その様子を笑うでも無くただちらりと視線を送るだけだった。

「そっちがどう思おうと勝手だが、ちゃんと忠告はしたぜ?」

「用事はソレだけだ」と言い残して不動は立ち上がった。源王の頭を軽く撫でると部屋を出る。未だ困惑した面持ちで源田が後を追いかけると、不動はドアの直ぐ横に居た。まるで源田が出て来るのが分かっていたかのように。

「不動……」
「言ったろ? 俺の言葉をどう捉えるのかはお前達次第だ」
「不動は根拠もなくあんな事言わないから。だから、困っているんだ」

 くしゃりと笑う源田は今にも泣き出しそうな、不動にはそんな気がしてならない。しかしまさか自分を其処まで評価してくれているとは思っていなかったらしく、不動自身どう反応していいのか分からなかった。

「どうしてそう思ったのか詳しく言わないのは、俺達の為なんだろ?」
「別に俺は……」
「小鳥遊に嘘言って出て来たんだろうしな」
「ハッ、本当にお前は鋭いんだか鈍いんだか分からねぇな」
「鈍いと言われる方が多いけどな」

 心外だけど、と付け足す源田は先程よりもいつもの笑顔に近付いていた。

「不動、有り難う」
「……は?」
「源王が懐くのも理解出来るよ」
「意味分かんねぇ」

 ぶっきらぼうな言葉を吐くもその顔は笑っていた。よく見せる小憎たらしい笑みではない。
 玄関の扉を開けた所で不動は源田に向き直る。「他人の使用人を屋敷の当主直々に見送りに来てんじゃねぇよ」と注意したが源田にはあまり意味が無かったようだ。

「俺に用事のあるお客様は誰だろうと最後まで応対するのが源田家の掟だからな」
「何だそれ。今考えたろ」

 源田は何も言わなかった。その代わり静かに笑ったのは肯定を示唆していたのだろう。
 小さくなる不動の背中を見ながら、源田の心の中はもやもやと煮え切らない思いが渦巻いていた。一度目を閉じて大きく数回深呼吸をする。それはまるで体の中に溜まっている黒々としたモノを吐き出すかのように。きっと部屋に戻れば佐久間も砂木沼もいつもと変わらない態度だろう。伊達に長年共にこの屋敷に居ないのだから。

 屋敷の扉が閉まる音が、重々しく鳴った。



201205.加筆修正

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