8月2日 [ 2/31 ]



「お、おはよう……」
「源田っ?!」
「先輩っ!お早う御座います!」

朝、部室のドアを開けて何時ものように挨拶をする。辺見は少し戸惑っていたが、成神は通常運転と云った所だろうか。挨拶と共に俺に抱き付いて来るのはいつもの事だ。

けれど、今の俺はその感触が未だに慣れずにいた。まあ、昨日今日で慣れろと云うのが無理な話なわけだが。

「わあっ!本当に女の子になったんですね!」
「ちょっ、なるっかみ……!」

胸の間に顔を埋めるように抱き付く後輩に狼狽える。一昨日までならこんなこと無かったのに……。
そんなことを考えていたら、突如胸の間から成神の叫び声が聞こえ、現実に引き戻された。

「いったたたたた!」
「セクハラしてんじゃねーよ眉神」
「あ、佐久間。お早う」
「お早う、じゃねーよバカ源田。お前も嫌がるとかしたらどうなんだ!」

佐久間の出現により俺から離れた後輩は、左手の甲をさすっていた。どうやら佐久間に抓られたらしい。

フンッ、と鼻を鳴らしながら部室に入った佐久間の後に俺も続く。

「源田、そのナリで部活出来んのか?」

既に着替え終えた咲山が云う。
こんな真夏日にそのマスクは暑く無いんだろうかと質問と全く関係のないことを考えてしまった。

「さあ。やってみないと分からないからな。それに、いつ戻れるのかも分からないのに休んでいるのもな」
「ま、俺は別にいいけど」
「すまない」
「謝る事じゃねーさ。事故だ」

俺の体の異変についてはサッカー部の全員が知っている。昨日俺を呼びに行ったまま戻らない佐久間を見に来た成神が、その成神を見に来た辺見が、と芋づる式にサッカー部の大半が俺の部屋に押し寄せて来たのだ。大して広くもない部屋なので、話をする為にスタジアムへ移動し、事の経緯をみんなに話した。

正直、部員が押し掛けて来た時はどうしようかと思ったが安心したと言えば安心した。寺門や咲山が来た時なんかは特に。

あの時、佐久間が俺の胸を弄んでいる所に成神がやって来た。襲われ(?)かけている俺を見て助けようとしたのかは分からない。ただ、成神が参加して来て俺は益々窮地に追い込まれたのは確かだ。そんな時、辺見が現れた。救世主だと思ったのも束の間、2人からの口撃で戦意喪失。お前は一体何しに来たんだと涙目で訴えた。結局俺が解放されたのは寺門と咲山が来てからで佐久間が俺の部屋に来てから1時間弱が経過していた。

咲山が鬼道に連絡を取り、程なくしてから鬼道と鬼道の妹が来た。其れからは鬼道の妹に部室へ連れて行かれた。鬼道には俺と鬼道の妹が部室に籠もっている時に皆が話してくれたらしい。

鬼道の妹からは胸囲を計られたりそんな格好(Yシャツ1枚)で彷徨くなと怒られたり無駄に胸を触診されたりした。用意して来てくれたのだろう洋服を貸して貰い(丈が短かったり胸の辺りがきつかったりしたが)、夕方らへんにサイズの合った服を持って来てくれた。

「あ、佐久間」
「何だ?」

取り敢えず俺は皆が出て行った後に着替えると云うことに昨日の話し合いで決まった。その為、今は大人しく壁際に置いてあったパイプ椅子に座っている。
俺が話し掛けると丁度上半身裸になったばかりの佐久間が此方を見た。

「俺が着替える時、さらしを巻くのを手伝ってくれないか?」

部室内の空気が冷えた気がした。
何故だろう、皆の動きが止まって見える。試合中にそんな風に見えたらキーパーも楽何だがな…あ、アフロディの技はそう言うやつだったか?

「佐久間?」
「えっ!あ、ああ!そうだなっ」
「ちょっ!佐久間先輩っ何了承してんですか!」
「源田、流石にそれは拙いのでは……」
「源田が俺がいいって言ってんだからいいんだよ!」

佐久間への呼び掛けを皮切りに、水を打ったように静まり返った部室が一気に活気を取り戻した。
あの間は何だったのだろう?心なしか成神が泣いているような気がする。

騒ぎを傍観していたら、フト足元に小さい影が近付いて来るのが見えた。視線を落とせば恐らく校内一小さいと思われる後輩の洞面が俺を見上げている。

「どうした?」
「みんなまだ部室から出そうに無いので、今フィールドに出てもつまらなくて」
「そうか。そうだな」
「だから、先輩の膝の上で待っててもいいですか?」

じっと見上げてくる洞面があまりにも可愛くて、口元が緩む。

「ああ、いいぞ」

快く了承すれば、洞面も嬉しそうに喜ぶ。其れがまた可愛くて抱き締めるように膝の上に乗せた。それはそれは少し大きいぬいぐるみみたいで。

洞面の頭が丁度胸が乗る位置にある。気にせず乗せているとこれが意外と良いもので、胸の重みを和らげてくれるのだ。

「あああああああ!洞面っお、お、お前!」

成神の声で全員の視線が此方に集まる。
一体なんなのだと思って「どうした?」と呑気に訊いてみれば全員が有り得ない、と云いたそうな瞳を向けていた。

「ダークホースだな」
「あの身長を存分に活かしている」
「寺門先輩、咲山先輩、冷静に分析しないで下さい。俺、本当に心が折れそうです」

矢張り成神は泣いているんじゃないか?後で訊いてみよう。

膝の上に大人しく座っている洞面に俺は抱き締めたまま話し掛けた。

「洞面、もうそろそろ皆行くんじゃないか?」
「そうですね。じゃあ行きます」
「ん」

抱き締める腕を解いてやれば、ぴょいと軽やかに床に着地する。体が小さい分、軽いんだなあと思うと少しだけ羨ましく感じた。

皆が洞面を質問攻めにしながら部室を出て行く。いきなり静かになった部室には、俺と佐久間の2人だけが存在した。2人だけだととても広く感じる部室が何だか寂しい。

「お前さ、自分でさらし巻けないわけ?」

突然発せられた言葉にはどこか冷えた部分があって、何か佐久間を怒らせるようなことをしたのだろうかと不安になった。

「出来ないことも無いんだが時間が掛かると云うか、締め付ける力が弱いと云うか。佐久間は迷惑だったか?それなら他の人に……」

ロッカーを閉める音と共に聞こえてきたのは呆れとも取れる長くて深い溜め息。幻滅されたのか?俺の位置からは佐久間の右側しか見えなくて、どんな表情をしているのかが分からない。

「源田ってさ、気が利くくせに本当にそう言うのは鈍感だよな」
「何の話だ?」
「俺だって、他の奴らに負けたくねーよ」
「俺だって、負けたくないぞ?」
「試合の話じゃねーよバーカ」

徐々に徐々に俺の座る椅子へ近付く佐久間の顔は只でさえ眼帯で半分見えないのに逆光で更に分からない。バカ呼ばわりされてその意図を探っていると唇に柔らかいものが押し当てられた。それが何だったのか理解したのは、佐久間が態とらしくリップ音を立てて唇を離した時だ。

「……っ」
「ハハッ顔、赤」

ドクンドクンと昨日みたいに鼓動が速くなる。昨日は騒動のお陰かいつの間にか通常の速さに戻っていた。今日は、どうだろう。

「ほら、来いよ」

「揉んでやるから」と意地悪く笑う佐久間にたった一言だけ精一杯の罵声を浴びせることしか今の俺には出来なかった。


8月2日


まだ、熱い。



*****
私の頭が沸いているとしか言えない。
洞面は母性本能を擽る奴だと思います。

201204.加筆修正



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