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 それは気象予報士も予測出来なかっただろう。これを嵐と感じるも騒がしい客だと感じるも人各々だ。

 呼び鈴と共に佐久間が玄関の扉を開ける前にそれは勝手に開いた。疾風の如く一陣の風が舞い込んだと思えばロビーの真ん中で声高々に或る一人の名前を呼んだ。

「幸次郎ーっ! 幸次郎ー!」
「てっめぇ小鳥遊! 何勝手に入って来てんだよ! 帰れっ」

 怒りを露わにした口調で突っかかるように佐久間が近付く。小鳥遊と呼ばれた少女はくるりと体を反転させて佐久間を見た。その顔は、あら居たの?とでも言うように目を丸くして。

「さっきからキャンキャン五月蝿く吼える犬がいると思ったら、佐久間だったのねー。ごめんなさい」

 唇を三日月にした小鳥遊はわざとらしく謝罪の言葉を口にした。それが癇に触ったのか佐久間の額には青筋がうっすらと浮かび上がっている。
 何の騒ぎだ、と源田が鬼道と共に階段を下りて来た。少し遅れて奥の部屋から砂木沼も姿を現す。

「幸次郎っ!」
「え、あ、小鳥遊?」

 佐久間の威嚇をひらりと躱し、源田に思い切り抱き付く。これには流石に他の執事も驚いたようで、鬼道と砂木沼は呆気に取られていた。佐久間が怒りの言葉を発しようとした時だ。背後からピュウ、と高音の口笛が聞こえた。

「相変わらずのんびりしてんなァ」
「っ不動!」

 周りが纏う空気等お構い無しに源田と小鳥遊の元へと歩く。佐久間が奥歯を噛み締めているのを見てすれ違い様に嘲笑のような笑みを一つ漏らした。

「どうしてお前が此処に居る!」
「オイオイ、佐久間クンは兎も角鬼道クンまで頭が可笑しくなっちまったのかよ。俺はコイツの執事だぜ?」

 呆れたように説明をする不動の服には小鳥遊の家紋の入ったタイピンがついている。それは紛れもなく小鳥遊家の者を表す物で、鬼道はグッと押し黙った。その様子を面白可笑しそうに喉の奥で笑う。

「小鳥遊様、本日はどの様な御用件で?」

 砂木沼がさり気なく、源田に抱き付く小鳥遊を剥がしながら訊ねる。すると思い出したように真っ白な手袋を付けた手をパンッと鳴らしながら手の平を合わせた。

「そうっ! 私、手紙の返事を聞きに来たの」

 待ちきれずに来ちゃった、と語尾に星が飛びそうなくらい軽く言ってのける。それを聞いた源田や執事達は唖然としていた。そして、佐久間が苛ついた様子で源田に詰め寄る。

「お前まだ返事出して無かったのか!」
「す、すまな」
「バカかお前! 本当に押しかけて来やがったじゃねーか!」

 源田に謝罪も反論も与える隙を作らず佐久間は次々に罵倒していく。それを止めたのは他でもない、佐久間を怒らせる原因を作った小鳥遊だった。

「ちょっと番犬の分際で私の幸次郎を虐めないでくれる?」
「誰が番犬だ誰が。そもそもまだお前のじゃないだろう。お前は飽くまでも候補の一人に過ぎない。勘違いも甚だしいな」
「何ですって〜……言ってくれるじゃないっ!」

 わんわんぎゃんぎゃん騒ぐ二人をその場の四人はただただ見ているだけだった。鬼道に至っては「また始まったか」と呆れる始末だ。
 徐々に口喧嘩はヒートアップしていき、吐き出される暴言はどこで覚えてきたのかも分からない程の低俗な言葉が飛び交う。流石にどうにかせねばと源田が動いた。

「ほーら、佐久間。落ち着け」
「んな汚ェ言葉使ってんなよ。仮にも小鳥遊家のご令嬢何だからよ」

 源田は後ろから佐久間に抱き付き声を掛ける。不動は自分の主人であるにも拘わらず、後ろの襟を掴んで思い切り引っ張った。その際「ぐぇっ」と女性らしからぬ声が聞こえたが、誰もが聞かない振りをしたのは言うまでもない。

「小鳥遊もわざわざありがとう。ちゃんと全員出席するよ。返事も後で送るから」

 それを聞いた小鳥遊は一気に上機嫌になる。しかし再び抱き付きそうな勢いだったので、不動は依然として手を放さなかった。
 源田の言葉に疑問を持った砂木沼は少し考えながら訊ねる。

「全員出席、とは?」
「ああ、招待状には執事全員連れて来てもいいって書いてあったからな」
「しかし此処を無人にするのは……」

 気掛かりなことでもあるのか、眉を顰めながら鬼道は言う。それにはいつもの笑顔で「大丈夫だ」と源田が言うものだからそれ以上は何も言えなかった。
 しかし何を根拠にそう断言できるのか理解に苦しむ。けれども源田が言うと不思議とそう思えてしまう。その理由を鬼道は未だに掴めていなかった。前向きな考えてを持つことが出来るのは何故か。幾ら考えても答えは出ない。

「そうそう、此処だけの話」

 漸く首根っこ掴まれていた手を放して貰えた小鳥遊が片目を瞑って人差し指を立てた。源田の手から離れて鬼道の横に立っていた佐久間はあからさまに不快な顔をする。鬼道に小突かれたことでポーカーフェイスに戻した。しかし小突かれた箇所の痛みが治まらないのは恐らく小突くと言うよりは肘鉄と言った方が正しい表現だったからだろう。

「あの、影山様も来て下さるのよ!お祖父様も喜ばれてたわ!」

 その言葉に小さな反応をみせる者が一人。それを不動は見逃さなかった。しかしほんの一瞬で、後は通常通りの振る舞いをしていた。

「俺、影山さん苦手何だよなぁ」
「そう言うな。まあ影山財閥は相当な力を持っているから佐久間が苦手に思うのも無理は無いが」
「随分厳しい所だとも聞いたことがある」

 口々に云う執事達に源田は苦笑する。

「でも、影山さんは俺が小さい時飴をくれたぞ?」

 それは言葉の意図を読めば、「だから悪い人じゃない」とか「苦手に思うことはない」と言っているようだった。恐らく苦手意識を少しでも解そうとしているのだろう。そんな彼の計らいはその場にいる全員が読み取れた。

「ぶっ、餌付けされてんなよ」

 思い切り吹き出した不動は腹を抱えて笑っている。源田は一体何がおかしいのか分からなくて、訝しげな表情を浮かべた。
 一頻り笑った後で不動は小鳥遊の腰にしていたベルトを掴んだ。そのまま引き摺るように玄関へと歩く。

「オラ、用は済んだんだ。帰るぞ」
「ちょっ、不動! あんた私を誰だと思ってるのよ!」
「小鳥遊忍だろうが」
「そうだけど、そうじゃなくて! 聞いてんの?! 私はアンタの――」
「ごちゃごちゃうるっせーな。そんなに喋れるなら今回無断で屋敷を出た言い訳は自分で云うこったな」
「卑怯よ! 無理よ! ねぇってば! 不ど」

 玄関の扉が音を立てて閉まると二人の言い争う声も途切れた。暫く呆然と扉を見つめていたがその沈黙を破ったのは砂木沼だ。

「そう言えば、お茶も何も出していなかったな」
「あーあーいいんだって。アイツに出す安い茶はこの屋敷には無いんだ」
「お前、相当小鳥遊を敵視しているな」

 鬼道の言葉に反応した佐久間の顔は「当然」と言わんばかりの笑顔だった。そんな佐久間に砂木沼と鬼道は顔を見合わせ苦い笑みを作る。

「さて、時間も時間だしお茶にするか」 凛とした鬼道の声に各々が反応する。云うが早いか鬼道と砂木沼が準備をしに颯爽と奥へ姿を消す。
 その場に取り残された源田と佐久間はゆっくりと広間に向かって歩き出した。

「仕事に取り掛かる前に、招待状の返事書いとけよ」

 その声はいつもより低音でどことなくドスをきかせている。そして源田の返事を待たずに言葉を続けた。

「またあいつが来たら迷惑極まりないからな!」

 どこか不機嫌な佐久間に、源田は小さく返事をした。何だかんだで仲が良いくせに、と思ったことは口には出さずに胸の奥へと仕舞う。

「今日は天気もいいし、テラスでお茶にしないか?」

 突拍子も無い会話の切り出し方に盛大な溜め息を吐くと、呆れたような笑みを見せた。しかしそれにはどこか機嫌の良さも窺える。

「じゃあお前は先にテラスに行ってろ。俺はお前の我が侭に呆れた顔をする二名の執事に言ってくる」
「ご、ごめんなさい……」
「冗談だって。誰も迷惑してないから安心しろよ」

 くしゃくしゃと乱雑に頭を撫でると佐久間は広間へと入って行った。一人テラスで待つ源田は、先程のゲリラ訪問について考える。

(まさか本当に佐久間の言う通り小鳥遊が訪問してくるとは)

 気持ちの良い新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。やがて吐き出された息は優しくそよぐ風に乗って何処かへ行ってしまった。

 舞い込む風は、優しく包み込むものかはたまた厳しく吹き荒れるものか。今は未だ誰も知る由も無かった。



201205.加筆修正

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