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 麗らかな午後。源田は机に向かって資料と睨めっこしていた。視力は悪く無いが、源田は眼鏡を着用している。視界を狭めて資料に集中するためらしい。以前は勿論掛けていなかった。眼鏡をするように勧めたのは、他でもない佐久間だった。

「失礼します。次回の会議で使用するデータと書類です」
「佐久間」
「それから、そろそろ休憩しては如何かと思いまして」

 真っ白な陶器に注がれた紅茶は湯気をあげて、机の傍らに置かれる。それをちらりと視界に入れると源田は徐に眼鏡を外した。そして少し拗ねた表情で佐久間を見やる。

「敬語。嫌だって言ってるのに……」
「お言葉ですが、幸次郎様」

 源田の言葉にわざとらしく畏まると佐久間は途中で言葉を切った。そして机を挟んで源田を見つめる。唇を意地悪く三日月型に歪ませると右手を伸ばし主人の顎を掴んだ。

「だったらお前も俺達の仕事取るな」

 一気に近付いた顔に一瞬ドキッとしたが、源田は怯まずに言い返す。

「で、でもっ、出来るだけ自分のことは自分でやりたいんだ!」
「させてやってんだろうが。着替えや風呂やドアの開閉だって本当は俺達の仕事なんだよ」
「それは、だって……!」
「これでも譲歩してやってんの」

 顎に添えられた手は静かに頬へと滑る。滑らかな白い肌に褐色の肌が優しく包む。今までの意地の悪い表情とは打って変わって穏やかなものへと変わる。

「屋敷内ではタメ口でって他の二人にも言っとくから」
「……分かった」

 渋々納得した源田だが、その瞳にはまだ迷いが含まれていた。主人なのだから命令と言う形をとれば彼らも文句を言わず従う。しかし源田は命令という行為だけはしたくなかった。それは長年連れ添って来た佐久間は充分に理解している。
 佐久間は三人の執事の中でも一番長く源田に仕えている。と言うのも、佐久間家は源田家の使用人として代々受け継がれているのだ。その為、源田グループを統べる源田幸次郎の秘書としての仕事もこなしている。幼少の頃から一緒にいる源田と佐久間は幼なじみと言ってもいいくらいだ。

「佐久間には我が侭ばかり言ってるな」
「今更だろ」

 呆れたような笑いを浮かべて紅茶を嚥下する。一気に飲み干した喉が二回程上下した。佐久間自身、源田に敬語で接するのは気が進まないらしい。だからこそ敬語で注いだ物は飲ませたくなかった。

「お前が駄々こねるから温くなっただろーが」
「え、と、すまない……?」

 そんな源田の反応をいちいち楽しみながら佐久間は新しく淹れ直した。今度は自分で飲むのではなく、源田の目の前に置く。
 源田はそこら辺の資産家とは違うと佐久間は感じていた。恐らく鬼道や砂木沼もそう思っているだろう。彼は仕事に関しての上司と部下と言う上下関係は謹んで受ける。しかしどうも主人と執事と言う上下関係には抵抗があるらしい。恐らく佐久間の存在が大きいのだろう。
 今まで友人として接してきた人間が主人と執事と言う壁により余所余所しくなるのを何よりも嫌がった。その裏に秘めた源田の気持ちは佐久間も理解していた。だから、寂しい思いをさせない為にも佐久間は躊躇することなくいつでも敬語を取り払う。

「源田。夕飯はちゃんと食べろよって鬼道さんが」
「ああ、昼を抜かしてしまったからな」
「砂木沼も心配してた」

 苦笑しながら謝る姿は源田財閥を支える当主と思わせる要素が見当たらない。お堅い雰囲気とは正反対の、柔らかい雰囲気を纏うのが佐久間が仕える主人なのだ。 

「佐久間と鬼道と砂木沼も一緒にご飯を食べるなら夕飯も食べる」
「まーたそんな我が侭を……」
「一人の食事はなかなか寂しいんだぞ」
「いいよ。それも言っとくから」

 何だかんだで甘いのかもしれない。なんて思いながら、部屋を後にした。しかしその直後、再び扉を開けて顔だけを覗かせる。

「お前、小鳥遊からの手紙。さっさと返事しとけよ? でなきゃ何か押し掛けて来そうだから」
「ははっ、まさか」

 あからさまに渋い顔をすれば、源田はそれを冗談だと受け止める。結構佐久間にしては本気だったのだが。

 実際、この佐久間の心配事が現実になるのもそう遠くない話だった。



201205.加筆修正

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