01 [ 1/13 ]



 窓から差し込む日射しがまだ柔らかい頃。一人の男がベッドから起き上がった。ふわっと揺れる茶色の髪は朝の光を浴びている部分が金色に輝いている。一人が寝るには広すぎるベッドの縁に彼は腰をかけた。そして、いそいそと着替え始める。

「今日はシーツを洗濯するんだったな……」

 部屋着にしてはキチッとした洋装だが決して出掛けるわけではない。これがここ――源田家の当主である源田幸次郎の服装だ。しかしこの服装も源田が我を通して大分ラフなものになっている。これでも妥協した方だと言う。
 コンコン、とノック音が静かな部屋に響いた。はっきりとした音だがどこか優美さが感じられる。短く返事をすると一拍置いて扉が開いた。

「失礼しま……何やってんだ?」
「お早う佐久間。今日シーツ洗うんだろ?」

 当主直々にベッドシーツを外しにかかっている。サイドテーブルにはきちんと畳まれた寝間着が置かれ、佐久間と呼ばれた男はその光景に目を見開いた。最早日常茶飯事ではあるが、その都度釘を刺しているのにそれも効果は薄い。というよりも効いた例が無い。

「お前な、自分の立場わかってる? 毎度のことだけど」
「自分で出来ることくらい自分でやる」
「だから? お前は主人で俺はお前の執事なわけ。わかる? お前がやるべきことはシーツを替えることじゃないだろうがっ」

 佐久間は手にしていた新聞でハリセン宜しく勢い良く源田の頭を殴った。それにより出来てしまった皺に小さく舌打ちする。これでは新聞紙にアイロンを掛けたのにまるで意味が無い。気持ち皺を伸ばすような仕草をした後、テーブルの上に置いた。

「さっさと行けよ。朝食冷めるぞ」
「あ、うん……」
「その両腕に抱えている布は置いていけ」
「……はい」

 源田は手ぶらになった佐久間の腕に布の塊、基、シーツをそっと乗せた。未だ少し納得のいかない表情をしているが口には出さない。彼も理解はしているのだ。けれど何もかもを執事に任せるのは気が引ける。そんな気持ちが源田を悩ませていた。
 広間に移動すると長いテーブルの上に一人分の食事が用意されていた。そんな源田を迎えたのはドレッドヘアが特徴的なもう一人の執事だ。

「お早う御座います」
「お早う、鬼道」

 彼の敬語に胸の奥がズキリと痛んだ。幾ら執事とは言え、せめて家の中だけでも他人行儀な振る舞いはしないで欲しい。源田は常にそう思っていた。だからだろう。挨拶を返した時の源田は少し寂しそうな表情をしていた。
 源田が席に着くより先に鬼道が椅子の後ろに立っている。椅子くらい自分でも引けるのに。そう思いはするがそれが鬼道の仕事なのだと自分に言い聞かせていた。

「本日の朝食は……」

 順を追って鬼道が説明する。彼が作っているにせよ良く覚えられるものだと感心さえした。

「矢張り、みんなと一緒に食べることは出来ないのか?」
「それは出来ません。執事如きが主人と同席するなど言語道断」

 主人と執事の間にある壁が酷くもどかしく思う。
 源田が食事を終えるのと同じくらいに広間の扉が開いた。現れたのはキレイな黒い髪の毛を頭の上の辺りで一つにまとめている長身の男だった。彼もまた鬼道と同じように黒を基調とした服を身に纏っている。デザインは佐久間、鬼道とも違うが決して見劣りはしない。

「失礼します。先程、お手紙が届きました」
「砂木沼、有り難う」

 差し出された一通の手紙を受け取ると源田はにこりと微笑んだ。砂木沼は一礼して一歩後ろに下がる。その行動に物悲しさを感じながらも手元の手紙に視線を落とした。
 封を開けるとほぼ同時に一通り仕事を終わらせた佐久間も広間に入って来た。これでこの屋敷内に居る人間が広間に揃ったことになる。

「何、幸次郎……様。お手紙ですか?」
「し、の、ぶ……た、か、な、し。小鳥遊?一体何のようだ?」

 筆記体で綴られた差出人を確認すると手紙を取り出して内容を確認する。その脇で砂木沼と佐久間はひそひそと話していた。

「小鳥遊って……確か幸次郎様の婚約者」
「ちっげーよ! 仮だっ! まだ候補ってだけで決定してねぇっ!」
「佐久間」
「あ、鬼道さん。すみません」

 差出人の小鳥遊忍とは、源田の許嫁にあたる。しかし実際は婚約者候補であって正式なものでは無い。

「小鳥遊が、今度祖父の誕生日を祝うパーティーを開くらしい。それの招待状だ」
「あの爺さんまだ生きてたのか」
「元気そうで何よりだ」
「そうだな」

 手紙の内容を知った三人は自分の仕事に戻るべく再び動き出す。源田は一人手紙を眺めながら胸の奥に広がる小さな不安に首を傾げていた。



201205.加筆修正
 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -