8月31日 [ 31/31 ]



さようなら、いってらっしゃい。久しぶり、おかえりなさい。

8月31日

容態が急変した。西日が段々弱くなってきて佐久間が帰ろうとしていた時だった。西の空が東の空から闇を引っ張り出している。そんな時間帯。


夏休み最終日である今日は、部活は休みにしていた。課題を終わらせていない人への配慮らしい。ああ、だから佐久間は昨日泊まったんだと理解したのは今朝のことだ。

俺が目を覚ましたのは小学生がラジオ体操を丁度終わらせたくらい。隣で寝ている佐久間は起きる様子も無かったので、今の内にともそもそ着替え始めた。着替え終わった所でタイミング良く「おはよう」と聞こえたのは勿論佐久間の声だ。

「朝からイイモノをありがとう」
「っばか!変態っ!」

爽やかな笑顔の裏は清々しい朝に似つかわしくない。道理で声が掠れていないわけだ。納得したってあまり意味は無いのだが。

「変態なのはどっちだよ。あ、でも源田の場合は淫ら」
「佐久間おはようっ!」

朝から必死な挨拶をする羽目になるとは思いもしなかった。言葉を遮られたにも拘わらず、別にそれに関してはなんとも思っていないらしい。にこりと佐久間は笑っただけだった。

開口一番に変態扱いを受けたのが余程嫌だったのだろう。顔には出さない分、他の部分で表現するから質が悪い。良く佐久間に質が悪いと言われていたが、俺からすればその言葉は佐久間の為に存在していると思う。

「何?」
「何でもない。朝食作るから待ってろ」
「その前に」

ベッドから立ち上がろうとする俺の腹部に背後から腕が回される。片方は腹部、もう片方はアンダー(所謂胸の下)で腕が固定されていた。そのまま佐久間の腕の中に引き込まれてしまう。

胸の下にある腕はそのままに別の腕が枕元に伸びる。その動きに合わせて目を動かすと何かを掴んで再び戻ってきた。逃げないから腕を外してくれてもいいのに、と思う。しかし佐久間が胸の感触を楽しんでいるのだと分かると溜め息しか出て来なかった。

「んァっ」

油断しきっていた時に突然首の所からシャツの中に手を突っ込まれた。中を弄るように動く腕は時々いやらしくその手中に収めて揉みしだく。そして度々固くて細い物で先端を弄られた。

逃げようにも回された腕がそれを阻んで体は動かない。実際段々気持ち良くなっているのが分かる。拒絶の言葉が甘い嬌声に変わる頃、漸く細い棒状の物から解放された。それはするりと胸の上を滑るように移動して脇の下へ潜り込む。電子音が短く鳴った所で漸くそれが体温計だと分かった。

「っさ、くまぁ…」
「昨日の源田が忘れられなくてつい」

意地の悪い笑みを貼り付けた佐久間が反省をすることはない。普通にしてくれたらいいのに。しかし佐久間に普通なんて通用するとは思えなかった。

先程よりも長く電子音が鳴る。再び佐久間の腕が入ろうとしたので寸での所でそれを遮った。

「何?」
「自分で取る」

警戒心剥き出しの俺に佐久間もお手上げのようだ。体温計を取り出すとそこには未だ平熱に近付こうとしない数字が表示されていた。

「なかなか下がんないな」
「でも、38.1℃だ。今までで一番低い」
「微熱の域越えてるし」

そんな会話を暫し繰り広げながら食事の準備に取りかかった。今日は朝から佐久間もいたことで気分は頗る良い。だから、後は熱が下がるのを待つだけだった。


日も大分落ち、佐久間が玄関で靴を履いていた時、俺は激しい痛みに襲われた。脳が握り潰されているような感覚に頭を押さえる。足には全く力が入らず膝から崩れ落ちた。そんな俺の急変に気付いた佐久間は履いた靴を脱いで俺の元へ駆け寄る。荷物も玄関に置きっぱなしだ。

「源田っ、源田!大丈夫か?」
「う、ぁ、ぁあっ…ッ」

痛みに続いて胸が苦しくなる。まるで過呼吸のようだ。苦しくなった胸は同時に燃えるように熱くなる。そしてピリピリと痛み出した。頭痛と比べると痛みは小さいにしても無視出来る程でも無い。

佐久間に支えられているのに、佐久間が抱き締めてくれているのに。今回ばかりは痛みが引いてくれない。寧ろ悪化しているように思えた。

抱き抱えられてベッドに寝かされる。痛い、苦しい、熱い。様々な負の形容詞がぴたりと当てはまる状態だった。こんなに苦しいのに呼吸が難しいわけではない。こんなに熱いのに汗が出るわけではない。なんとも不思議な気分だ。

「ふあっ、ぁ、ァア…っ」
「源田っ!しっかりしろ!」

きっと何も出来ない自分が相当悔しいのだと思う。佐久間はそう言う奴だ。本当は「大丈夫」だと言ってやりたいのにこの口から出る言葉は単語ですらない。佐久間が思っている程深刻な事態ではないのに。それが分かっていながらも伝えられないもどかしさに目を瞑った。

体中の痛みが重みに変わっていく。重い、けれども軽い。矛盾しているのにそれが同時に起こっていた。不思議、としか言いようのないこの感覚を全身で感じているとふ、と意識が途切れた。

俺が目を覚ましたのは日付変更線を跨ぐ直前だった。

「…っ!」
「源田?!目が覚めたのか!」

ベッド脇には俺を心配そうに見る焦った顔の佐久間だけ。俺のせいで家に帰れなかったのか。なんだか申し訳無くなった。上体を起こせばスプリングが軋む。

「佐久間…」

すまない。そう謝ろうとした俺は言葉を切った。何かがおかしい。何かが違う。それが分からなくてもう一度佐久間の名前を呼んだ。寝起きの頭ではなかなか理解することが難しいようだ。だから何度も何度も、しつこいくらい呼んだ。

「声が…低い?」
「お前、まさか…」

折角起こした上体が再びマットに沈む。勢い良く佐久間に押し倒されたのが原因なのは明らかだった。そして何の前触れもなく着ていたシャツを鎖骨が見える所まで捲り上げる。

「ぺったんこだ…」
「戻った、のか?」

昼間まで確かにあった邪険にしてきた豊満な胸は跡形も無く姿を消した。全体的に脂肪で柔らかさを演出された四肢は程良い筋肉を纏ったものに変わっている。

体が戻ったのは嬉しい筈なのに、素直に喜べ無いのは何故だろう。恐らく実感がまだ湧かないからだと思う。しかし佐久間は心底がっかりしているようにも見えた。なんせ佐久間はあの胸が気に入っていたようだから仕方がないと言えば仕方がない。

「あの体じゃなきゃ嫌か?」
「ばーか。別に俺はお前のカラダが目的で好きになったわけじゃねーよ」

過ぎった不安を一か八かでぶつけてみる。直後、ぎゅっと鼻を摘まれてしまった。それは言葉の最後でちゃんと解放されたが。しかしそろそろ上から退いてもらわないと動けない。昨日の二の舞になりそうな気がしなくも無かった。

「じゃあ、戻ったお祝いにご馳走食べようぜ」
「すまない佐久間。俺は今お腹一杯と言うか…頭が一杯なんだ」
「安心しろよ。お前は食べられる方だから」

今朝見た笑顔が再び目の前に現れる。真夜中の静けさににこりと擬音が響いた気がした。そんな空間にこれから響くのは、俺の声かも知れない。



*****
何か、結局何だったのって感じですよね。チャンチャンッ、みたいな終わり方になってしまった。果たしてこれを終わりにしても良いのだろうかと疑問に思う方も多々いらっしゃるとは思います。しかしこれが私です。煮え切らないかもしれません。私だって最後くらい影山さんや他のメンバーに出て来てもらうつもりでいました。しかし見事に彼らの存在を忘れていました。もう私自身佐久源の二人だけの世界に引っ張り込まれたわけですね。

さてさて、これで1ヶ月は終わりになります。軽い気持ちと自己満で始めたお話でしたが、沢山の方々に応援や温かいメッセージを頂きました。まさか好きだと言って下さる方がいらっしゃるとは思ってもいませんでしたので驚きと共に本当に嬉しかったです。ありがとうございました。皆さんが生温い目で見守って下さったが故の作品です。こうして完結に至り、最後まで書き通せたことを嬉しく思います。(執筆と言う程のものでも堅苦しいものでも無いので)

最後だから長々と書こうかなと思っていたら本当に長くなってしまいました。本編より長かったらどうしよう。此処まで読んで下さってありがとうございます。これからも頑張りますので何卒宜しくお願いします。

100830

201205.加筆修正



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