8月28日 [ 28/31 ]



君が居ないとだめみたいだ。

8月28日

体に異変を感じてから丸一日が経った。否、異変はこの体になったこと自体が異変に違いないのだが。いつもなら起き上がれるのに、今日は目が覚めても動けなかった。頭が石にでもなってしまったかのように重い。無理に起き上がろうとすれば毛細血管が破裂したんじゃないかと思うくらいの痛みが襲った。

「もう、こんな時間か…」

病院に行こうにも保険証が無い。持っているには持っているのだがそれは本来の自分の物だ。つまり、男の源田幸次郎の所有物である。こんな体になってしまっては病院にも行けないのか。今更そんな事実に気付いた自分に脱力する。

「部、活…。行かないと」

這うようにベッドから降りる。膝に力がな入らなくてその場にぺたりと座り込んでしまった。今日はもう無理なんだろうか。

「今までこんなこと無かったのになあ」

極力刺激を与えないようにゆっくり立ち上がる。長い息を一つ吐いた。まるで体の中にある重たいものを吐き出すかのように。病院に行けないと分かった以上、常備薬で何とかするしかない。気休め程度にしかならないことは頭の隅で何となく理解していた。

「頭痛薬…でいいのかな?」

薬が入っている引き出しを開ける。そこには頭痛薬の他にも解熱剤や鼻炎の薬、音無に貰った生理痛に効くものまであった。生理は終わったから…と一度は考えた。しかし、もしこの体調不良が女性の体になってしまったが故のものであれば。そんな考えが過ぎる。

「試してみるか」

水を取りに冷蔵庫へ向かった時、部屋のチャイムが鳴った。こんな朝早くに来る訪問者と言えば一人しか思い浮かばない。けれどもその一人は今までインターホンを鳴らした事は無かった。だから真っ先に予想の人物から削除したのだが、ドアを開けるとたった今削除したばかりの人物が立っていた。

「佐久間…どうして」
「お前が心配で来てやった」
「あ、いや。そうじゃなくて」
「あ?」

「どうしてインターホンを鳴らした」と真顔で問うと胸を思い切り握られた。機嫌を損ねたらしい。やわやわと揉みしだくと言うよりはぐにぐにと押し潰されている感覚だ。早朝が生み出す静かな空間に痛い痛いと訴える声が響く。触ることを許した覚えは無いが、せめて部屋の中に入ってからやってくれ!

「ごめ、なさ…っさ、くまぁ、あ」
「あーやべ。止まんない」
「止めろ。今すぐ理性で抑えつけろ!」
「無理っぽい。だって源田から部屋の中に誘い込んだわけだし?」

誘った覚えは無い!と清々しく作った笑顔に言ってやりたかった。実際口から漏れたのは段々喘ぎ声と化する弱々しいものだった。

取り敢えずドアだけは閉めて欲しくて後退りをした。それを佐久間はわざと「誘った」と言っているのだろう。俺が後ろに下がった時、意図を汲んだのか後ろ手にドアを閉めた。その時から憎たらしい笑顔を貼り付けている。外側は愛想の良い笑顔ではある。しかし内側は只の俺様だ。佐久間を良く知らない奴らは高確率でこの笑顔に騙される。生徒だけでなく教師達も。参謀としては確かに優秀だが、人としてはあまり誉められるものでも無い気がする。

「佐久間っ」
「シャツ一ってやっぱ誘ってるよな」
「ちがっ、これは、昨日が熱帯夜だったから…暑苦しくて」

後退りしている途中で足がもつれ、尻餅をついてしまった。勿論それを佐久間が見逃す筈もない。俺が体勢を整えようとする前に馬乗りになり、そのまま玄関先で押し倒された。その勢いで着ていたシャツが捲れ、腹部が露わになっている。

「だからシャツだけ?無防備にも程があるよな?」
「佐久間、どいて」
「もし、訪問者が俺じゃなかったらどうするんだよ」
「佐久間ってば!」
「寺門辺りならまだ何とかなったかも知れない。けど、お前の事情を何も知らない奴だったらどうすんだ?」

強い口調でまくし立てるように言葉を紡ぐ。掴まれた肩がキシキシ鳴いた。痛みで顔を歪める。どうしてこんなに怒っているんだろう。重力に従っている佐久間の髪の毛が彼の顔に影を作る。それにより一層不機嫌さが際立った。

違う。

不機嫌なんかじゃ無い。ただ、俺を心配してくれているだけなんだ。俺を見る佐久間の瞳には怒りなんてものが全く感じられなかった。それが分かった途端、俺の中から「怖い」とか「痛い」という感覚は消えた。

「ありがとう、佐久間」

ここで言うべき言葉はごめんじゃない。分かり難い佐久間だからこそ俺が理解者にならなくちゃいけない。誤解されやすい佐久間だからこそ俺が本当を見極めなくちゃいけない。

肩を掴む腕の力が抜けた。それが分かると俺は両手を伸ばして佐久間の頬にそっと触れる。両手で包み込んだ顔は作り物ではなく、本物の笑顔が刻まれていた。俺だけが知る、俺だけに見せる柔らかくて暖かい。

「佐久間には敵わないな」
「当然」

この時既に薬を飲むことなど念頭に無かった。もしかしたら佐久間が痛みを和らげてくれたのかも知れない。

「水色」
「は?」
「シャツ一もだけど捲れて見える白い腹もその下の布もそそる」
「…っば、ばかっ!佐久間のばかっ!変態!早く退けっ!」
「ごめんもう手遅れ」
「佐久間ってばぁぁあっ!」

首筋に唇を、腹部には片手を這わせる。佐久間の首や胸部の辺りが胸に当たり小さな刺激を与えていた。そちらに意識を持って行かれそうになる。引き戻してくれたのは皮肉にもシャツの中で好き勝手に動く佐久間の手だった。

結局佐久間から解放されたのは部活が始まる直前で、当然俺達は二人揃っての大遅刻をしてしまった。俺は本当に佐久間を選んで良かったのだろうか。見つめ直すべき問題ではある。けれど、そんなことをしたらきっともっと今以上に好きになってしまう。それが分かっているから俺は絶対にしないのだろう。



*****
私はこの話を見つめ直して煮詰めるべきである。面倒くさがるから反省点ばっか出るんだ!それが分かっていても直さないのは矢張り面倒くさいから(殴)

201205.加筆修正



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