8月1日 [ 1/31 ]



一体全体、何がどうしてこうなったのだろう。
そもそも、俺は何か悪い事をしたのだろうか。


8月1日


夏休みに入り、一週間弱が過ぎた。8月にもなると暑さが本格的になり少し動いただけで額にはうっすらと汗が滲む。
そんな茹だる暑さの中、俺――源田幸次郎は、一人寮の自室で携帯を片手に暑さからではない、別の理由により汗を掻いていた。所謂、冷や汗と云うやつだ。

「……もしもし?」
『幸次郎?珍しいわね、電話掛けてくるなんて。どうしたの?』
「あ、や、その」

夏休みに入ってもサッカー部の練習は毎日のようにある。勿論、言葉通り朝から晩までとはいかないが自主練を含めばそうなる。その練習が、今まさに約30分後には開始されようとしていた。
そして今、俺は、その30分前にも拘わらず未だ寮を出ることなく遠方にある実家に電話を掛けている。電話に出たのは紛れも無い母親で、今現在、俺を窮地に立たせている張本人(本人無自覚)だったりもする。

「あの、さ……送ってくれたやつなんだけど」
『ああ、あのサプリメント?あれ、効くでしょう?!私も半信半疑だったんだけど、セールスの方に試供品貰って呑んだらもう調子良くってね!』
「へ、へぇ〜……」

少し興奮気味なのか、饒舌な母に抑揚の無い声で曖昧に返事を返す。握り締めた携帯を右手から左手へと持ち替え、何となく床に正座した。

「その、セールスの人って……」
『背は高めでスラッとしてたんだけど黒尽くめだしサングラスだしで見た目は胡散臭かったのよねー。でもま、効果は確かだったし。人は見掛けで判断しちゃダメね』
「……その人、名前とか…」
『んー……確かハゲヤ……あ、カゲヤマ!影山さんって言ってたわ』

携帯を持つ手が震えた。恐怖からか怒りからかは分からない。(もしかしたら両方なのかも知れないが)
「影山」の名前を耳にした途端、背筋がスーッと凍りついた気がした。

『まあ、あなたに送ったのも試供品だから!効果はどう?』
「あ、えーっと。あ、あまり期待は出来なそうに、ない……かな」

違う意味で効果は出ているがな!と心の中で悲痛な叫び声を出す。勿論、それが電話の向こうの相手に伝わるはずもない。

『あら残念。今度セールスの方が来たときは私の分だけ買おうかしら?』
「……多分、もうその人、来ない」
『え?』
「何でもない!じゃあ、俺練習あるから!」

電話の向こうで何か言っていたが、構わず「PWR」と書かれたボタンを押す。通話が終わると一気に疲れが全身に襲いかかった。

「取り敢えず、原因は分かった」

しかし原因が分かった所でどうしようもない。今をどうするかが問題なのだ。

俺はゆっくりと立ち上がり力の無い足取りで洗面台へと向かう。部屋の中では一番大きな鏡が、俺の上半身を嘘偽り無く映し出した。俺にとってはこれほどまでに鏡を割ってしまいたいと思った事は無い。

「……どうしよう……」

電話口では必死に低い声を出していたが、地声で喋ると口から出たのは思った以上に高い声だった。
聞き慣れない声に戸惑っている顔が目の前の鏡にはっきりと映し出されている。

「部活……でもこれでは流石に……」

起きて何度目か分からない溜め息を吐く。どうしたものか。

ソレは唐突にやってきた。本当に。何の前触れもなく。

朝、目が覚めたら体にちょっとした違和感を覚えた。しかし寝起きの頭ではどうも気にならないらしい。ベッドから降りて洗面台へ向かう途中の違和感も、鏡に映った姿の違和感も寝ぼけ眼には特に気にならない映り方だったのだろう。その違和感に気付いたのは顔を洗って眠った脳を覚醒させた後、着替えの時だった。

スルリといつも以上にすんなり脱げたシャツ、少しの距離を歩いただけでずり落ちるズボン。シャツが、ズボンのゴムが伸びたのだろうかと思っていた。本当に俺は間抜けだ。服を脱ぐまで全く気付かなかったのだから。

視線の位置がいつもより低かった。心なしか手足が小さくなっている。築き上げた必要最低限の筋肉が無くなった気がした。寧ろ、余分な脂肪が……。脂肪が。脂肪……。

洗面所に駆け込むと鏡が映し出したのは俺であって俺でない。顔は紛れもなくいつもの俺なのに、輪郭を描く線が柔らかい気がする。そして完全にいつもと違う所を挙げるとしたら、胸囲が、否もっとストレートに云うならば、胸があったのだ。恐る恐る触れてみるとふにふにとした柔らかい感触が手の平いっぱいに伝わってくる。

そこで漸く自分が女になってしまったのだと気付いた。そして、今に至る。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

床に散乱している服はこの異様に主張している胸を隠せるものを探して無惨にも散っていった服だ。更にサイズが大きく感じられ、とてもじゃないが外には着て行けない。

そもそもズボン自体が合わないのだ。ベルトを締めればずり落ちることも無いが、裾は曲げる他無い。どうあってもサッカー部の皆に知られずに、と云うのは不可能であった。

一人Yシャツ一枚(最後に着たのが制服だった)で力無く床に座り込み、鈍った頭で良い解決策を思案していると、背後から扉が開く音が聞こえた。本日何度目か分からない冷や汗に体がびくりと反応する。

「源田ぁぁあ!お前っ今何時だと思ってんだ!まだ寝てんのか?ああ?!」

「さ、くま」

もうそんな時間なのかと焦る自分の他に、どうせ呼びに来るなら寺門や咲山の方が話が通し易いのにと悠長に考える自分がいた。バカか俺は。
佐久間の名を呼ぶ声はか細く弱々しく何とも情けない。

「うわっ何だこの汚い部屋!どうした!?」

物が少ないとはいえ普段から片付けられている部屋が今日は散らかっているのだから驚くのも無理はない。そしてこの格好だ。せめて何か穿くべきだった。

「何だその格好。誘ってんのか」
「ばっ!違うっ」

さらりと云うのは本気なのか冗談なのか。佐久間の冗談は冗談に聞こえない時があるから厄介だ。辺見くらいなら分かり易いのに。

「たかだか部活に行くくらいで服に迷うなよ」
「だから違うって!」
「取り敢えずさっさと来いっ」
「っ痛」

掴まれた腕が悲鳴をあげた。いつもなら全然痛くないのに。無理矢理立たされるとフト目が合った。

「あれ?源田、縮んだか?」
「や、そのっ……だな」
「ああ、そうか」
「?」
「俺が伸びたんだ!」

どこまでもポジティブシンキングな奴め。些か前屈みになっているから視線が合うだけで、背筋を伸ばしたら……いやダメだ。背筋を伸ばしたらこの胸が思い切り主張されてしまう。

「っていうか」

掴まれた腕の力が少し緩くなった気がした。ホッと安堵の息を吐くと同時に空いた方の手であろうことか佐久間は右側の胸を鷲掴んだ。

「ひゃっ」

ビクッと反応する体。今までに感じたことの無い感覚が全身を駆け巡る。

何なんだ、これは。

どくどくと脈打つ鼓動をどうやったら抑えきれるのか、今の俺には知る術もなかった。





*****
女体化。やりたかったんです。
私のお遊びにお付き合い頂けたらと思います。

201204.加筆修正
 


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