8月26日 [ 26/31 ]



ああ、部活に行きたくない。あれ、そう言えば8月の初めにもこんなことがあったかな。

8月26日

寝起きは最悪だった。夢に起こされたと言っても過言では無い。もっと詳しく言うならば佐久間に起こされた。夢と現実の両方で。現から段々覚醒していく頭はゆっくりと、しかし確実に処理している。

「…どうして」

寝起き一発の声にしてははっきり出たと思う。伸ばした腕はベッドの縁に腰を掛けている背中に触れた。

「どうして佐久間が居るんだ?」
「お早う、源田」

さも当然のように我が物顔で座る佐久間は左手にマグカップを持っている。夏休みに入る前の休日に二人で買いに行った物だ。青系統の色をしたペンギンが真っ白なマグカップを取り囲むように列をなしている。勿論これは佐久間のチョイスだ。因みに俺のはオレンジ系統の色をしたペンギンが同じようにあしらわれている。

「お早う、じゃない。どうしてお前が此処に居るんだ」
「彼氏だから」
「不法侵入だぞ」
「可愛い彼女が不安がってるかと思って」

ぐっと一気に佐久間との距離が縮まる。けれどもそれ以上は近くならなかった。俺と佐久間の間にマグカップが出現したのだ。それは俺の唇に当たると至近距離で「間接だな」とニヤつきながら言われた。それだけで頬が熱くなる。

「襲っていい?」
「肯定の返事を言うと思うか?」
「いや?」
「分かっているなら言うな」
「もしかしたらってこともあるじゃん」
「無い!有り得ない!絶対無い!」

冗談なのか本気なのか良く分からない声音で言う佐久間のマグカップを奪い取る。ゴクリ。一口飲み込めばツン、と鼻を突くような口一杯に広がる苦味が襲った。何が悲しくて朝から咳込まなければならないのか。

「ゲホッ!う、えっ…にがっ」
「うわ、何か朝から卑猥…」

未だに止まらない咳により涙が膜を張る。落ち着いても口の中には苦味が残っていた。そんな俺を品定めするかのように上から下へ、下から上へと視線を上下させる佐久間。お互いの目が相手のそれを捉えた時、きっと各々の心の中は違う思いが広がっていただろう。

「お前、朝から何を飲んでるんだよ!」
「お前が朝からナニを飲んだか知りたい?」
「だからそれを訊いてるんだ」

いちいち意味深に言葉を濁す必要があるのか甚だ疑問だ。ニヤニヤした顔も今は酷く腹立たしく感じる。

「まあ、只の青汁だけど」
「何でそんなものを…」

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してマグカップに注いだ。言葉の通りコップ一杯に。そして一気に飲み干す。口直しには多少なりともなった筈だ。しかし苦味は微妙に舌の上に残っていた。

取り敢えず。

「着替えるから出て行ってくれな」
「嫌だね」

言い終わる前に佐久間が言葉を被せた。彼は依然としてベッドから動かない。学生寮なだけあって造りはワンルームだ。だからどこか別の部屋に移動してもらうことは出来ない。頑なに拒む佐久間を説得するのは至難の業であることは百も承知だ。こうなったら引き下がるのはいつも此方なのだが、今回ばかりは引き下がる訳にもいかないだろう。

「だから、着替えるから」
「だから、着替えろよ」
「お前が居ると出来ないんだよ」
「関係無いだろ。恋人何だから」

漸く腰を上げたと思えば、佐久間の「恋人」発言に固まっている俺の腕を引っ張って再びベッドに埋もれる。手の平から離れたマグカップは宙を舞ってベッドにダイブした。

ベッドのスプリングを直に受けたマグカップは小さく跳ねる。ベッドに倒れ込んだ衝撃で俺も同じように小さく跳ねた。しかしこのマグカップと違う所を挙げるならば、俺がしっかりと佐久間に抱き締められていたところだろうか。

「佐久間」と名前を呼ぶ筈だった俺の唇は佐久間のそれにより塞がれた。ただ重ね合わせているだけなのに、頭がとろけそうだ。

「間接よりこっちの方がいい」

二人の距離が0cmから少し離れた時、俺の唇が自然と動いた結果漏れた言葉だ。目を丸くして黙って俺を見ていた佐久間だったが照れたようにくしゃりと笑う。

「お早う、源田」
「…おはよう」

そう言えばまだ俺からは言って無かったっけ。なんて思いながら、再び距離を近付けた。



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終わりが果てしなく見えないどうしよう。←

201205.加筆修正



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