8月25日 [ 25/31 ]



蝉がひっくり返って道端に落ちていた。そう言えば蝉の鳴き声が変わったなあ…なんて、考えてもないことを思ってみたり。それでも、どうしても考えてしまう。


8月25日


合宿も終わり、俺たちは帝国での練習を再開した。成神辺りは「本当にサッカー尽くしなんですね、帝国って」と不満を口にしていた。しかしまんざらでも無いのだろう。どうやら合同合宿がいい刺激を与えたようだ。念入りに準備運動をする。その横で俺は開脚したままぼんやりと考えに浸っていた。

「どうせ開脚するならM字にしとけよ」
「うわっ佐久間!」

音も無く耳元から聞こえた声は心の底から残念がっている佐久間のものだった。準備運動をするだけなのに何故そんな開脚をしなければならないんだ!と怒鳴ってやりたかったが、あまりにもびっくりし過ぎて心臓を押さえることしか行動を起こせずにいた。今更になって右耳が熱くなり出したのは気付かないフリ。

「そんなに驚くことかよ」とケラケラ笑う佐久間はいつも通り格好良くて。(ああ、俺もそろそろ眼科に行くべきだろうか)今、高鳴っている胸は恐らくもう驚いたことによるものでは無くなっている。いつの間にこんなに好きになっていたんだろう。頭で考えていてもきっと答えは出ない。じゃあ、佐久間はいつから好きになってくれていたんだろう。

そこまで考えて、ふと佐久間以外の人物を思い浮かべる。

「鬼道…は」
「は?鬼道さんが何?」
「あ、いや…何でもないっ」

昨日の朝。鬼道っ久し振りに二人で会話をしていた時、抱き締められた。佐久間にされる時とはまた別の鼓動を感じた。そう、違ったんだ。明らかに佐久間の時とは違う。特別な思いは一切入っていない。それが分かった時、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

あの時、鬼道は俺を「好き」だと言ってくれた。けれども俺はそれに答えられなかった。俺には佐久間がいるから。だから、俺は謝ることしか出来なかった。どうして涙が溢れて来たのかは分からないけれど。そんな俺を鬼道は呆れるわけでもなく、ただ、優しく抱き締めてくれた。「お前の気持ちは分かっているつもりだ」と。

どこまでも気遣いが出来る奴だと思った。他人の事を考えて、自分の気持ちは殺す。器用だけど不器用。こういうのを器用貧乏と言うのだろうか。

「鬼道さんと何かあったのか?」
「何でもないっ!本当に!」
「ふーん」

引いてはくれたが納得はしていないようだ。佐久間の性格上、引いてくれただけでも珍しいのだからそれ以上の高望み(に入るのかは甚だ疑問ではある)はしない。

佐久間には昨日の事は一つも話していない。話すことでもないだろうと理由付けをしてはいるが、実際はそんなの自分を納得させる為のものに過ぎない。

佐久間は鬼道が好きだ。勿論、尊敬の意味としてだが。別に佐久間を信用していないわけではない。ただ、怖いのだ。もしも、もしも佐久間が鬼道の為に俺から距離を置くと言い出したらと思うと怖くて仕方が無かった。けれどもそれは結局佐久間を信じていないのと同じ。だから、フィールドに向かって歩き出す佐久間を引き止めた。

裾を掴まれて動きを制御された佐久間は一瞬驚いた顔を此方に向ける。それは直ぐに疑問を抱く表情へと変化したがあまり変わりは無い。

「源田?」
「あの、な、佐久間」

声が、震えているような気がした。どうか気のせいであってくれと居るかも分からない神様に祈る。掴む腕は明らかに震えていた。これでは誤魔化しようが無い。

「ちょっと待て」
「あ、ああ…」
「お前ら先に始めててくれ」

練習の準備を始めるメンバーにそう声をかける。「行くぞ」と俺にだけ聞こえる声量で腕を引っ張られて奥の方へ行く。どこに行くのかと思っていたが直ぐに部室に向かっているんだと悟った。

「で、何?」
「あ…うん。えと…」

長椅子にお互い向き合うようにして跨る。距離が近いのはきっと気のせいなんかじゃ無い。息がかかりそうなくらい、とまではいかないがこのまま雰囲気に流されそうになる。しかしそうならないのは佐久間がただじっと見つめているからだろう。いつにも増して真剣な眼差しだった。

「き、鬼道…」
「鬼道さん?」
「佐久間は、その、鬼道のこと…好きか?!」

俺としては真面目な質問のつもりだったのだがどうも佐久間はそう捉えてはくれなかったらしい。暫しの沈黙の後、ぶはっと盛大に噴き出された。

「何、突然…っ、くくっ」
「わ、笑うな!こっちは真剣に」
「悪い悪い。お前、本当に無自覚に可愛いこと言うな」
「佐久間!」
「あーごめん。鬼道さんは好きだよ。でもお前とは別の感情」

知ってる。それは充分に理解しているんだ。こんな事が言いたいんじゃないのに。そんな俺の心を読んだのかは分からないが、佐久間の視線が気持ち鋭くなった。

「鬼道さんと何かあったのか?」

流石佐久間。鋭い。否、これは佐久間じゃなくても気付くだろう。それくらい分かりやすい態度をとっていたのは自分なのに。いざ核心を突かれると心臓が嫌な音を立てる。

「佐久間…」

伝えるために佐久間にわざわざ時間をとってもらったのになかなか声が出ない。ただ昨日のことを言うだけ。頭では分かっていても口からは嗚咽が漏れる。何も言えない口の代わりに目は涙が溢れ出ていた。

違う、違う。

「源田」
「ごめっ…佐久間…」
「ちょっと意地悪したな」

ボロボロ涙を零す俺をそっと抱き締める。小さい子を宥めるように背中を優しくさすった。

「今朝、家を出る前に鬼道さんから電話貰ったんだ」
「鬼…道?」
「全部、聞いた」
「俺、…おれっ!」

佐久間が好きだ。誰よりも。だから、言わないで。どうか、言わないで。

俺がずっと怖がっていたこと。それは佐久間が鬼道を好き過ぎることにある。もしかしたら俺が昨日のことを話して鬼道の為に別れると言い出したらどうしよう、と。そんな根も葉もない「もしも」の話に俺は怯えていた。

「不安?」

未だにチャンとして言葉を発することが出来ずにいる俺は小さく何度も頷いた。今の俺にはそれしか出来なかった。

「いくら俺が鬼道さんが好きでも、好きな人を譲れる程お人好しじゃねーよ」

バカ、と取って付けたような罵りに名瀬か胸がきゅうっと痛くなった。佐久間の肩に顔を埋める。縋るように背中に回した腕はユニフォームを掴んだ。恐らく背番号は皺になって今は読めないだろう。

「ごめ…っなさ、い」
「絶対離れないし離さない。それだけは忘れんな」
「…っうん」


それから暫く涙が止まるまで佐久間はずっと抱き締めていてくれた。胸が当たっているから離れたく無かったのかも知れないけれど、今日だけはそんな理由でも許せる気がする。

俺たちがフィールドに戻った時、みんなが泣き腫らした俺の目を見て佐久間が疑われてしまい、悪いことをしたと思う。



*****
拙い文章中で悪いことをしたなと思ry
何か、何か思っていたのと違う仕上がりです。いつもとか言わない!
まあ、書きたかったネタを入れられただけでも良かったです。

201205.加筆修正



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