8月24日 [ 24/31 ]



目が覚めた時、記憶が一瞬途切れていることが偶にあるよな。

8月24日

心地良い低反発の感触が全身に伝わる。抱き締めるようにして柔らかい羽毛の枕に顔を埋める。そこからラベンダーの匂いが鼻腔を擽った所で俺の意識は呼び戻された。

明らかに自分の部屋ではない。床に敷かれた絨毯は土足可能を意味している。帝国の寮が其処まで豪華だったとは思い難い。体を起こしてぐるりと周りを見る。視覚からの情報で漸く記憶が蘇ってきた。

「あのまま寝てしまったのか…」

俺が眠っていたベッドは一人で寝るには余裕があった。だからだろう。寝息を立てている佐久間と成神に挟まれて眠っていても気付かなかった。

二人を起こさないようにベッドを抜け出す。そこで足元の方に洞面が眠っていたことに気付く。他の帝国メンバーはどこだろう、と辺りを見回せば部屋の中にあるソファーや絨毯の上で雑魚寝していた。何だかベッドを使わせて貰って申し訳無い気持ちになる。起きたら謝ろう。

皆を起こさないように部屋を出る。大きさの割には重く無い扉に驚いた。長い廊下を歩きながら霞んでいる記憶を辿る。

昨日は海で遊んだ後、練習はせずにミーティングだけしてバスに乗り込んだ。そのまま雷門中まで送る予定だった。しかしバス内で夏休みの課題の話になると大半が青ざめてしまい口を噤む。

仕方が無いと言った様子で溜め息を吐いた鬼道は、行き先を雷門から自分の家に変更させた。そこから鬼道の家で雷門中と帝国の合同勉強合宿が行われたのだ。

豪炎寺や松野は終わらせていたようだ。けれども鬼道の無言の懇願でゲリラ合宿に参加することになった。確かに、大勢を相手に鬼道だけは負担が大き過ぎる。

俺もある程度は終わらせていたので、自分のが終わったら鬼道達と同様に教える側に回った。矢張り雷門と帝国の課題の量や内容は違うらしい。成神が壁山の課題を見て羨ましがっていた。流石に「俺のと替えてよ!」と言い出した時は壁山も顔を真っ青にしながら全力で拒否していたが。

その様子を思い出すと、ふ、と笑みがこぼれる。

「何か朝から嬉しいことでもあったのか?」

左側から声がしたと思えば私服姿の鬼道が立っていた。鬼道の背後は俺が出て来た扉と同じデザインのものがある。そこで鬼道の部屋の前に居たのかと理解した。

「お早う鬼道」
「お早う」

軽く朝の挨拶を交わすと俺は口を開いた。

「ただ、昨日のことを思い出していただけだ」
「そうか」

そう零した鬼道も口元が緩く曲線を描いていた。「みんなは?」と尋ねれば「未だ眠っている」と言って背後の扉を静かに開けた。扉の向こうには帝国メンバーと同じようにソファーや床で寝ている者や、椅子に凭れ掛かるようにしている者も居た。中にはベッドに上半身だけ預けている者も。矢張り雷門中は曲者揃いだな、と思っていたらどうやら口に出ていたようだ。隣の鬼道はクスリと笑った。

「庭でも見るか?」
「いいのか?」
「構わない」
「じゃあ、行く!」

音を立てずに閉まった扉から離れ、俺達は歩き始めた。鬼道の家の中をこうしてゆっくりと見るのは初めてかもしれない。高い天井や細やかな装飾が施された柱を一生懸命視界に収める。何か鬼道がポツリと呟いた気がしたのだが、聞き返せば「何でもない」と返事が返ってくるだけだった。

ガラスが沢山填められている扉を開ければ、朝の日差しを浴びた植物が一面に広がっている。朝の匂いと共に花の香りも漂っていた。

「凄いな!」
「庭師がいつも手入れをしてくれているからな」
「わっ、これ、アサガオだよな?」
「そうだが、珍しくも無いだろう?」
「鬼道の家にあるとは思わなかったんだ」
「おいおい、そこまで庶民離れはしていないぞ」
「はは、そうだな」

色とりどりの植物は其処に居るだけで俺を和ませた。朝だからなのかもしれないが。

花を見ていたら急に手を取られた。驚いて鬼道を見ると「こっちだ」と耳打ちされた。ぴくん、と体が反応する。耳は、だめなのに…。優しいエスコートに少しドキドキしながら鬼道について行く。案内されたのはテラスだった。それもさっきの場所より遥かに景色が楽しめる。それ程いい場所に作られていた。

「うわあ…っ!」
「いい場所だろ」
「ああ!」

部屋の広さにも驚いたが、庭の広さはそれ以上だ。花の種類も豊富で、温室もあると言う。流石は鬼道財閥だ。

「時に源田」

隣で同じ景色を眺めていた鬼道が此方を向く。だから俺も鬼道を見た。「何だ?」と聞き返すと、俺を指差して口を開く。

「お前、寝相は悪い方だったか?」
「え…」

何を突然言うのかと思えば。そう思っていたのだが鬼道に指されているのが気になってふと視線を下げる。

「うっ、わ、わぁっ!」
「気付いていなかったのか」
「ちょっ、み、見るな!」

移動中は制服だったのだが、誤って男の時のシャツを持ってきてしまっていた。だから男子生徒用のシャツに女子用のスカートを着用していた。しかしそれが幸いしたのか、寝る時はスカートを脱ぐだけで何ら問題は無かった。まさか今まで着ていたシャツが大きく感じる日が来るとは思わなかったが。

そして今の格好だ。しっかりとボタンは閉めていた筈なのに、何故か第三ボタンまで開いている。どうしてこんなに寝乱れているのかとパニックになると同時に恥ずかしくなった。ああ、きっとあいつらが隣で眠っていたことが関係あるに違いない。シャツに気付かなかったにしてもスカートくらいは穿いてくるべきだった。今更後悔しても後の祭りだが。

自分を隠すように鬼道に背中を向ける。恥ずかしさで頭がいっぱいだったから反応が遅れたのだ。気付けば鬼道に腕を引かれ、鬼道との距離が縮まる。

「き、ど…」
「俺は朝から良いものが見られたと思っていたんだがな」
「っば、ばか!」

佐久間みたいな事を言うな!と言ったら強い力で抱き締められた。夏の朝は其処まで冷えてはいないから暑いだけだと思ったが、意外と人の体温が心地良く感じた。

「どうしたんだ?鬼道」
「いや、何でもない」
「何でもないわけが無いだろう」
「ただ少し懐かしかっただけだ」

ぎゅう、と効果音が聞こえてきそうだ。それが抱き締める音なのか心の音なのかは分からないけれど。驚きはしたけれど何故だか突き放せなかった。鬼道が、何かを堪えているような気がしたから。何に対してかまでは分からない。それでも放っておけなくて、けれども何を言えばいいのかも分からなくて。

だから、ただ、背中に腕を回すことしか出来なかった。


夏なのに、蝉の声が聞こえてこないのは何故だろう。



*****
あれ。何で最後がシリアス臭するんだろう。おかしいな。あれ?
取り敢えず、寝乱れは佐久間と成神のせいです。それを阻止しようと寺門さん達も頑張った結果が源田さんが起きた時の室内です。ってことにしてもいいなあ、と今思った。

201205.加筆修正



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