8月21日 [ 21/31 ]



合宿の朝は早い。朝食を食べる前に軽めの運動をすることになっていた。しかし俺の朝は皆よりももっと早い。

8月21日

「お早う」
「あ、お早う御座います源田さん」
「本当にいいの?」
「本人が言ってるんだからいいんじゃない?」

広いキッチンに入るとジャージにエプロン姿の雷門のマネージャー達が既に集まっていた。調理台には沢山の食材と調理器が並べられている。

「じゃあ、宜しくね源田君。はい、エプロン」
「ああ、有難う」

木野の手の上に畳まれているエプロンが乗せられている。わざわざ用意してくれたのかと思うと申し訳ない。

「早速取り掛かりましょう!」

音無の声に俺達も返事をする。こうして合宿一日目の朝食作りが始まった。そもそも何故俺がすることになったのかと言えば、話は昨日に遡る。

雷門夏未の別荘と言うこともあり、皆、専属のシェフが料理を任されているのだと思っていた。勿論、一緒にバスに乗っていたマネージャー達もだ。しかし実際は新鮮な食材だけが冷蔵庫や床下に保存されているだけの状態だった。雷門曰わく「身の回りのことも自分達でするのが合宿」らしい。

昨日は到着するなり荷物は玄関にまとめて置いた。そして全員砂浜で早速強化メニューを始めたのだ。当然体を動かしたのだから空腹状態であった。しかし連絡ミスで練習が終わった後でも夕食は用意されていなかった。雷門のみならず帝国の分まで作らねばならないので量も時間も通常の倍はかかる。木野達も実際料理を開始したのは俺達の練習が終わる凡そ30分前だったと言う。

空腹に耐えかねた面々は次々にテーブルに顔を突っ伏す。壁山に至っては言葉通り本当に死にそうだった。流石にまずいと思った俺はキッチンに顔を出し、手伝ったのが始まり。

規則正しい包丁の音がキッチンに響く中、どこか危なっかしい音が混ざる。それは鳴る音も不規則で薪を斧で割っているのではと思う程だ。しかし音を出している本人は至って真剣な表情をしていた。

「雷門、それじゃあ指を切ってしまうぞ?丸めて猫の手だ」
「猫?」
「そう、猫だ。にゃーにゃー」

自分の左手を丸めて招くように上下に動かす。それに合わせて鳴き声もつけてみる。

「源田さん可愛いですっ」
「そうか?皆の方が可愛いだろう」
「や、やだっ。源田君ってば」
「にゃー…」

ポツリと呟かれた一言に俺達は反応する。雷門がじっと丸めた自分の左手を見ていたのだ。

「そうですよ!にゃーです!」
「やだ、夏未さん可愛い…」
「ほ、放っといて!」
「じゃあ、そのまま…」

女になったとは言え身長は此処にいるマネージャーよりも高い。照れているのか真っ赤になっている雷門の背後に回る。「失礼するぞ」と一声掛け後ろから雷門の左手に自分のそれを重ね、そして右手も同じようにした。

「ちょっ、な、何!?」
「暴れるとケガするぞ?視線は俺じゃなくて、こっちの人参」

雷門が人参を見たのを確認すると包丁を握る右手を動かした。ゆっくり、ゆっくり。左手をずらしながら。こうして規則正しい音を奏でる。出来上がった繊切りを見て雷門が小さく感嘆の声を上げた。

「な?ケガしなかっただろ?」
「そ、そうね。有難う」
「どういたしまして」

にこりと笑うと雷門が俺から目を外し人参へと移す。人参が好きなのだろうか。

「源田さん、上手いですね。夏未さんのプライドを傷付けずに正しい切り方を教えましたよ!」
「流石ね…」

こそこそと何かを話している音無と木野には気付かず自分の作業に戻る。しかしながら俺が朝食の準備を手伝える時間は30分と決められていた。そうしなければ朝練に間に合わないのだ。

「すまない。後、頼むな」
「はい!任せて下さい!」
「行ってらっしゃい」
「…頑張って」

有難う、と短くお礼を言うと急いでキッチンを後にした。エプロンをつけたまま。

俺がエプロン姿のままだと気付いたのは外に出てからだった。佐久間の朝の挨拶と共に浴びせられた言葉に教えられた。

「新妻か。花嫁修行か。まあ待て落ち着け。焦るのも分かるが俺達はまだ中学生だ。それにお前はそんなことしなくても十分俺にとって良妻になるから安心しろよ。絶対に幸せにするからな。黙って俺について来い」
「お前が落ち着け。さっきまで朝食の準備を手伝っていただけだ。後、顔が近いぞ」

ぶっ飛んだ妄想をしているのかなんなのか、真顔で言うものだから本気なのか冗談なのかも怪しい。いや、本気でもそれはそれで困るのだが。(寺門によって)離(さ)れた佐久間につい溜め息が零れた。雷門の生徒もいると何度言えば分かるのか。

「源田、お前料理出来んのか?」
「お早う円堂。まあ人並みにはな」
「源田先輩の料理は誰よりも美味しいんですよ!プロもびっくりです!」
「な、成神…」
「すっげーじゃんっ!じゃあさ、これからずっと毎朝俺に源田の味噌汁食わしてくれよな!」

人当たりの良さそうな笑顔で言ったのは離れた佐久間に代わるように近付いてきた円堂だ。彼の発言に周りの空気が一瞬だけ水を打ったように静まり返る。刹那、お湯が沸騰したのを知らせる薬缶のように一斉に口を開いた。雷門側も帝国側も言葉なのか言葉でないのかよく分からない。成神なんて思い切り円堂に威嚇している。しかし本人はずっとニコニコ笑っているだけだった。

「毎朝は無理じゃないか?」
「何でだよ」
「だって住んでる場所が離れているだろ?」

第一俺は寮生だし。と答えるも依然として円堂は表情を崩さない。

「何言ってんだよ。結婚しちまえばずっと一緒だろ?」
「え…」

あまりにもナチュラルにさらりと言うものだから思わず聞き返してしまった。円堂がもう一度口を開きかけたその時、どこかに連れて行かれた佐久間が戻って来た。

「ふざけるな円堂!源田は渡さねえっ!」
「源田、雷門に来ないか?一緒にサッカーやろうぜ!」
「無視すんなコノヤロウ」
「俺は源田とサッカーがしたい!」

円堂に怒る佐久間と佐久間を無視する円堂がにじり寄る。後退りしていたら海岸に追い込まれてしまった。エプロンを握る手に力が入る。

「ふ、二人とも…怖」

「怖い」そう言うつもりだった。しかし砂で上手く足が上がらず、挙げ句波に捕らわれてしまった。そのまま海の中へと背中からダイブする羽目になり俺の体は海の中へと沈む。引き上げられるのにそう時間は経たなかった。佐久間が直ぐに腕を引いてくれたのだ。

「げほっげほっっ」
「大丈夫か?ケガは?」
「けほ…っきだ。ちょっと、海水を飲んだだけだから」

大量に飲み込んだ海水のせいで気道が塞がれる。苦しくて必死に咳で何とかしようとするのは人間誰しも無意識にしてしまう行動だろう。漸く通常通りに呼吸をすることが出来、ほっと一安心する。

「有難う、佐久間」

佐久間に支えられながら海からあがると、濡れた服の重さがズシッと体内に響いた。歩きながら外して以降ずっと握っていたエプロンを絞る。布いっぱいに水を含んだそれからは大量の海水が絞り出された。

「なあ源田」
「どうした?」

これは洗濯だなあ、と考えていたら佐久間の手が支える手から撫でるような手に変わった。先程よりもぐっと佐久間寄りに引き寄せられる。濡れるのもお構い無しのようだ。

「佐久間?」

その変化を不思議に思った俺は少し見上げて右隣の佐久間を見る。

「エプロン姿もいいけどさ、それもまた…そそるな」
「は?」

言葉を理解する前に、軽く額に唇を落とされる。雷門の別荘は掃除が行き届いていた。今、俺達が歩いているのは大きな広間の前のようだ。磨かれた窓からははっきりと中が伺えた。そこに置いてある大きめの鏡に映る自分の姿も捉えることが出来た。

「……ん?」
「どうした源田」

鏡に映る自分の姿が消えた時、俺はどこか違和感を覚えた。だから、俺をリードしていた佐久間を強引に鏡の位置に引き戻す。そうすることで再び窓越しに映る自分と佐久間、服が透けた自分と服が濃い色に変色した佐久間、服が体に張り付いている俺と佐久間がそこに居るのを確認出来た。

「佐久間のバカあああっ!」

顔が一気に熱を持ったのが分かった。佐久間を力任せに突き飛ばして猛ダッシュで建物の中に姿を消す。

俺が着替えて出て来たのはそれから10分後だ。突き飛ばされた事で不機嫌になった佐久間のご機嫌を取れたのは更に10分後だった。俺が突き付けられた条件を呑むことで万事解決。しかしながら何故俺が佐久間の要求を呑まなければならなかったのだろうか、と言うことだけ甚だ疑問である。



*****
源田さんの脂肪の塊は海に浮くんじゃないかと思う。たゆよんたゆよん。
エプロン源田にハァハァ。

201205.加筆修正



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