8月18日 [ 18/31 ]



本当にただの気紛れに過ぎなかった。

開かずの扉を開くのは、凶か吉か。


8月18日


「おーし、じゃあ始めるか」
「ちょっと待て佐久間」

いつものように部活を始めようとした佐久間を制して言葉を挟む。「また佐久間が何かやらかしたのか」と口々に言う部員を静かにさせ、俺は息を吸い込んだ。

「部活を始める前に、今日はやるべき事が見付かったぞ」
「何だよ」
「掃除だ」

きっぱり言い切った俺の言葉におよそ2、3秒遅れて反応を示す。不満ばかりを口にする部員を一先ず一喝して黙らせる。

「雷門との試合以来ずっと使って無かったロッカールームはいつゴミ捨て場になったんだ?その奥のロッカールームも同じだ。其れから第6倉庫の物も明らかに私物だな」

他にも普段あまり使用されていない部屋を次々に挙げて行く度に青ざめる部員の顔が比例するように増えて行く。

「掃除が嫌だと言うのなら俺はそれらを全て処分してから部活に参加する」
「すみませんでしたあああああ!」

極めつけに「全処分」の旨を伝えてやれば青ざめた部員は叫びながらフィールドを後にする。あの慌てようから言って相当私物を置いていたようだ。

「とうとう見付かったか」
「佐久間。お前もか」
「まあ、取り敢えず行こうぜ」

変に余裕たっぷりな佐久間を怪訝に思いながら俺たちもロッカールームへと足を向けた。

廊下を歩けばみんなの声が反響して聞こえて来る。それから物が落ちる音や袋が擦れる音も聞こえてきた。自然と大きな溜め息が出る。私物置き場にしていたみんなにもだが、それに今の今まで気付かなかった自分に対しても呆れてしまった。

「少しは片付いたか?」
「あ、源田先輩」
「うわああっ来るな源田っ」

使用されていないロッカールームには成神と辺見が居た。床に散乱してある雑誌の山は全てが全てこの二人の物では無いにしろ多すぎる。

俺が一歩中に踏み入ろうとすると辺見が慌てて俺を入れまいと阻止して来た。

「取り敢えず、サッカー雑誌は置いてて良いからその他の雑誌はまとめて捨てろよ」
「誰のか分からないやつもですか?」
「当然だ。成神、読み耽っていては掃除にならないぞ」

辺見によって中には入れていないが、辺見越しに見える成神は雑誌の山に腰掛けて一冊の雑誌を読み耽っていた。掃除していたら良くあることだが、しかしそれでは日が暮れてしまう。

「あ、それ」
「佐久間先輩、知ってるんですか?」
「俺が一年の時にOBが置いてったエロほ」
「佐久間あああああ!!」

見覚えがあるのか佐久間は成神の手中にある雑誌を凝視していた。暢気な声に対して辺見の焦ったような声が佐久間の言葉をかき消す。

「ああ、どうりで発行の日付が古いわけだ」
「お前も堂々と読んでんじゃねぇよ!」
「え〜でもぉ、こっちより源田先輩の方がおっきいですよー?」
「あっ、バカッ!!」

そう言って此方に読んでいたページを見せてきた。其処には写真のみが載っていたわけだが。二人の女性の写真が各々のページに一人ずつ。

「あ、え…う」

顔に熱が集中するのがわかる。うまく思考回路は働いてくれなくて、頭がくらくらした。

「ふ、不謹慎だぞ!辺見のバカーッ!」

だから入れまいとしていたのか。やっと辺見の行動の意味が分かって嫌に納得してしまった。

気付けば俺は辺見を突き飛ばしていて、彼は雑誌の山に仰向けに倒れていた。だけど謝罪の言葉が出なかったのは気が動転していたからだろう。

「絶対に片付けろよ!行こう佐久間っ」
「はいはい。じゃ、頑張って」
「佐久間先輩の私物が一番多いんですけどー」

成神が何か言っていたが今の俺には何も処理出来なかった。OBの人も何てものを残して行ったのか。気持ちを切り替えようと肺に一杯空気を取り入れて吐き出す。少し頭が冷えた気がした。

(後で辺見に謝っておこう)

次に向かったのは使用してない倉庫だ。此処には破れたゴールのネットや使えなくなったサッカーボール等を置いてある。だから倉庫の中身自体が廃棄処分すべき対象なのだが今までノータッチだった。

「これ、お前のだろ咲山」
「ああ、それはもう要らない」
「コレはー?」
「それは……成神のか?」
「じゃあ捨てちゃおう」
「洞面、お前、成神に何か恨みでもあるのか?」

この声は咲山と寺門と洞面だろうか。ひょこっと顔を覗かせれば俺の存在に気が付いた三人がくるりと此方を振り向いた。その手には、所々真っ赤だったり赤黒かったりしている鉄パイプや釘バット、メリケンサックが持たれていた。

「うわああああああっ!」
「え、ああ。これか」
「コレ、咲山先輩の〜」
「もう使わないから処分しようかと思ってな」

何て物騒なものを倉庫に置いてるんだ!と怒ることも出来ずにただただ溜め息しか出なかった。他にも使わなくなった教科書やノート、ベッドフォンにスプレー缶等様々な物がある。

「スプレー缶はきちんと穴を空けておけよ?」
「穴空けるやつは多分置いてねーよな」
「俺が空ける」

そう言うや否や倉庫の中に凄まじい音が響いた。耳の奥で音が反響し脳に到達する。今更耳を塞いでも意味はなかった。

「源田、大丈夫か?」
「ん、うん。多分」
「部室で休めよ」
「でも…」
「ちゃんとみんな片付けるって」
「……分かった」

佐久間の言葉とみんなを信じて俺は佐久間に支えて貰いながら部室へと向かった。未だ耳の奥で鳴るそれが気持ち悪い。

普段使っている部室には不動が居た。俺達に気付いたら小さく舌打ちをしたが特別嫌がっている風でも無いように思える。

「何で不動が居るんだよ」
「居ちゃ悪いのかよ」
「まあまあ、不動だって帝国のメンバーなんだから」

あの件以来顔を突き合わせるなりお互い悪態をつくのは、お互い意地っ張りで捻くれてて素直じゃないから。全く似てないようで、実は似てるんじゃないかって思う。只、不動の方が不器用で佐久間が器用なのが違いとも言える。

「なあ」
「どうした?」
「この部屋、何か臭わねえか?」
「お前の体臭じゃねーの?」
「あ?眼帯は黙ってろ」

もっと素直になればこうやっていがみ合うことも無いのに、何て思っても口には出さない。出したって二人が聞き入れないことを知っているからだ。

神経を嗅覚に集中させて部室の中を嗅ぐ。すると酸っぱい臭いと生臭さがぐちゃぐちゃに混ざっているような臭いが鼻腔を刺激した。刺激臭、或る意味これも刺激臭と言える。

「くさい」
「そうかあ?」
「鼻まで使い物にならなくなったのかよ」
「黙れバナナ」

良くないとは思いながらもみんなのロッカーを開けて行く。そうしたことにより、臭いは一層キツくなった。鼻が曲がるとはこういう時に使うのだろう。

男らしいと言えば男らしい。一言で表すならばそんなロッカーだ。乱雑に入れてある荷物と荷物が不格好な山を作っている。持って帰るのを忘れていたのだろうか、一体いつのか分からない汚れた服が各々のロッカーの中から出てきた。

「臭いの原因はこれか。佐久間、換気扇つけてくれ」
「はいはい」

換気扇をつけた所で直ぐに臭いが緩和されるとは思っていない。この臭いの元凶を絶たねばならない。

「この汚れたものを全部洗濯するぞ!」
「頑張ってー」
「お前らも手伝うんだぞ?」
「“ら”って、俺もかよ」
「当然だろう」

自分は無関係だと言わんばかりの態度を取る佐久間と不動に笑いかける。俺の笑顔をどう取ったかは分からないが、観念したらしく同時にわざとらしく溜め息を吐いた。矢張りこの二人は似てると思う。

洗濯物を二人の腕一杯に抱え込ませて先に被服室に行ってもらう。俺は簡単に部室の掃除を済ませて二人の後を追った。

二人を追い掛ける前に、散り散りになって片付けをしている(であろう)部員に向けて声を張った。

「これが終わらなかったら明日も片付けの時間に当てるからな!」

チームワークがいいのかなんなのか、間髪入れずに揃って「えー!」と非難の声が廊下に響く。何だかそれがおかしくて、自然と顔が笑顔になっていた。


さて、不機嫌な顔をしている二人を追い掛けよう。きっと今頃無意味な言い合いをしているだろうから。

遠くに聞こえる二つの声を、俺は走って追い掛けた。




*****
男の人の汗って結構臭うんですよね。いやもう不思議です。
今の源田は女の子だから余計に敏感になってるんじゃないかなあと(笑)

201205.加筆修正


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