8月17日 [ 17/31 ]



狐の嫁入り。天気雨。日照り雨。
どれがお前の本当の名前何だろうな。

8月17日

参った。

「お早う」
「おう源田…って何だその格好!」

扉近くのロッカーを使っている辺見が挨拶とは言えない返事をした。そして俺を見るなり怪訝な顔を見せる。失礼な奴だと佐久間辺りならば思うかも知れないが、今の自分の姿を見たら辺見の反応も頷ける。

「来る途中いきなり降られてな。まあ、通り雨だろうけど」

寮とはいえ学校へ直通してないのでびしょ濡れ(ずぶ濡れの方が適切な表現かもしれない)は拭え無い。まさか降るとは思っていなかったので傘も用意していなかった。当然の結果だ。

「っくしゅ」
「源田先輩すっごくエロ…大丈夫ですか?」
「成神。お前後でケツ(釘)バットな」
「エェェェェエッ!」

相変わらずの騒がしさは良く言えば賑やかだ。それを微笑ましく思いながらも気持ちは別の方向を向いていた。

「まだみんな着替え終わって無いが、俺も着替えちゃダメか?」
「ダメに決まってんだろ」 

間髪入れずに佐久間の厳しい声が部室に響く。全員が目を丸くして入り口の方を見る。其処には今来たばかりと分かる姿で佐久間が立っていた。どうやら俺と同じ境遇に遭ったらしく足元には小さな水溜まりが出来ている。

「別にいいじゃないですか。源田先輩の生着替え」
「黙れ眉神」
「成神です」

ポタポタと床を確実に濡らしながら中に入る。歩きながら備え付けのベンチに乱雑にバッグを置くが足は止めない。小さく舌打ちしながら制服の下に着ていたTシャツを器用に脱ぐとそのまま俺に被せた。

「暫く着とけバカ」
「あ、うん。…ありがとう」
「おら、さっさと着替えて出てけデコ!」
「俺に当たるなよ!!」

ロッカーを開けてバサバサと音を立てながら脱いでいく。

(佐久間も結構筋肉ついてきたな)

佐久間の登場が印象強かったからか、舌打ちした時少しだけドキリとしたからか、Tシャツを被せられた時に佐久間の匂いがしたからか、佐久間が男前に見えてしまったからか。無意識に佐久間を見詰めていた。

ハッと我に返った時には既に佐久間が着替え終わっていた。ベンチに置いていたバッグをロッカーに投げ入れて扉を閉める。俺の視線に気付いていたのか、片手は扉に触れたまま俺の方を見るとニヤリと笑った。

「見とれたか?」
「っば、ばか!そんなわけ無いだろうっ!」

バレバレの嘘だと自分でも思う。どうしてこういう時、隠せ無いんだろう。どうして、佐久間の前では嘘が吐け無いんだろう。

大きな溜め息と共にベンチに座る。ギシッと音を立てて鳴るそれは部室内に設備されている冷房によりひんやりとしていた。下着まで濡れていなかったのが幸いだ。

「ったく、俺らの存在しかとして二人だけの世界に入んなよ」
「すっごくジェラシー感じます」
「はいはいお邪魔虫はさっさと退散した方が身の為だ」

寺門が辺見や成神の背中を推しながら部室を後にする。そんな後ろ姿をドアが閉まるまで眺めていたらいきなり髪の毛を引っ張られた。

「痛っ!なに?」
「いつまで他の奴見てんだよ」
「佐久間がからかうからだろ」

珍しく言い返したからだろうか。一瞬驚いた表情を見せたがそれも長くは続かない。言ってしまえば本当に一瞬だった。その後はいつになく真面目な顔の佐久間と視線が絡み合う。

「俺は本気だったけど?」
「…っ偶に佐久間は狡いよな」
「源田は偶に言葉が素直じゃないよな」
「佐久間にだけだ」
「知ってる」

どちらともなく顔を近付ける。残り指一本分の距離になったその時、くぐもった音ではあるがけたたましく着信音が鳴り響いた。

それにビックリした俺は正直に体が反応し、大きく肩が跳ねる。一方佐久間は動きが固まっていた。佐久間が一時中断するのは非常に珍しい。

しんとした空気の中鳴り響く音に耳を傾けていると聞き覚えのある曲だと言うのに気付いた。

(これ……)

面倒臭いと言う理由で普通のデジタル音にしているあの佐久間が、個別設定をしている人物――。

「佐久間、出なくていいのか?」
「…………」
「佐久間?出たらどうだ?」
「……や、でも……いや…」
「佐久間、………鬼道だろ?」
「…っ、ああもうクソッ!悪いっ!」

罰が悪そうな顔で俺から離れる。ロッカーが開くとくぐもっていた音が鮮明な音に変わる。携帯を握り締め、深呼吸をして電話に出た。同時にぷつりと音が消える。

そんな佐久間の一つ一つの言動が何だか微笑ましくて思わず笑ってしまった。目敏い佐久間がそんな俺にも気付かない程余裕がないようだ。

矢張り佐久間にとって鬼道は特別なんだろう。今も昔も。憧憬であり尊敬の対象だと言うのは重々承知だ。けれども胸の奥に生まれる燻った感情に名前を付けるならば「嫉妬」が一番しっくりくる。

成神が部室から出て行く時に言っていた言葉がふと脳裏を過ぎった。俺の「嫉妬」と成神の「ジェラシー」はイコールで結べないかも知れないけれど。

佐久間は鬼道と居るときだけはいっぱいいっぱいになるから俺を放って置いてしまう。仕方が無いのも理解はしているけれど寂しいものは寂しい。だから俺は静かに立ち上がり背中を向けたままの佐久間に近付いた。そして何の前触れも無く抱き付いてやった。ざまあみろ。

言葉には出さないし、顔も見えないけど、抱き付いた体から佐久間の反応が全て伝わってきたから俺はそれだけでも満足だった。

胴体に回した腕に佐久間の腕が重なる。それだけで燻った思いは消えてしまった。
俺のせいで湿った佐久間のTシャツが佐久間と俺の体温で乾いてしまうんじゃないかと思える程、今の俺達は夏の温度に当てられていた。



*****
今回は、鬼道さんに邪魔して貰いました(笑)
そう毎回毎回思い通りにさせるわけにはいきません!(何w)

201205.加筆修正


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -