8月15日 [ 15/31 ]



初めてだった。こんなにも、心の底から学校に行きたくないと言うのは本当に生まれてこの方一度も無い。そう思いながらも体は着々と登校の準備をしていた。習慣と言うのは恐ろしいものだ。

「……っはぁ〜」
「随分とデカい溜め息だな。幸せ逃げるぞ?こーじろー」
「うわっ!さ、佐久間っ」

玄関のドアを開ければ横の壁に凭れ掛かっている眼帯の男――佐久間がいた。久しぶりに目にする帝国学園の制服はユニフォームと比べて雰囲気がガラリと変わる。前までは全然気付かなかったけれど、毎日色んな人から告白される理由が今分かった。

ばくばくと音を立てる心臓を無視してドアに鍵をかけながら佐久間に訊ねる。

「っていうか何で此処に?」
「お前がもしかしたら登校拒否でもするんじゃないかと思って」
「うっ…」

参謀と言うだけあって非常に鋭い。しかしちゃんと俺がこうして此処に居るのも佐久間は分かっていたと思う。こいつには何もかも見透かされているような気がするから。

「っていうのは冗談で。恋人が恋人迎えに行って一緒に登校したかっただけ」

朝から佐久間の笑顔が見られるとは思わなかった。ああ、やっぱり格好良いなあなんて思っていたら思わず鞄を落としそうになる。危ない危ない。でも、確かに感じる。体のどこかの部分が痺れている感覚。

「似合ってんじゃん。そっちの制服も」
「……っうるさい」

視線を上下に動かしながら言う佐久間はまだ笑みを貼り付けている。しかしそれは最初に見せてくれた笑顔とは別物で、営業スマイルの方がまだマシに思える程微妙なニヤリ顔だ。


登校する時絶えず視線を浴びせられ畏縮してしまう。矢張りこの体のせいだろうか。佐久間は職員室にもついて来てくれた上にHRギリギリまで一緒に居てくれた。「数多からお前を護る為に決まってんじゃん」と堂々と先生を睨み付けながら喧嘩腰で威嚇する佐久間は年相応に見える。時々大人びたりするから困るのだが。

HRで紹介された時、目に付いたのは2つの空席だった。一つは俺の、もう一つは不動だ。

(またサボってるのか) 

後で屋上に行ってやろう、と数多先生が俺を紹介している時ぼんやりと考えていた。

休み時間は矢張りと言うべきか、俺の周りにはワゴンセールに集る主婦よろしくクラスメートが集まって来た。自己紹介を始めるのを見て思わず笑ってしまう。

「え、どうしたの?何か変なこと言った?!」
「え、ああすまない。続けてくれ」
「何か源田さんって源田みたい。親戚とは言え双子かってくらい似てるよな」
「よ、良く言われるんだ…ははっ」

本人です、なんて流石に言えない。言えるはずが無い。

男子は俺と話しながらもチラチラと視線を胸に移していた。矢張り相当目立つらしい。しかし流石にこれだけの人数に一斉に見られたのでは俺の方も恥ずかしくなる。

「あ、あの…そのっ…あ、あんまり見られると……、は、恥ずかしい、から……」

後半は声が小さくなってしまったが、視線を送ってくる男子にはちゃんと届いたようだ。しかし俺の言い方がいけなかったのか態度がいけなかったのか。一瞬静まり返った教室が一気に活気付いた。

「うわっ源田さん超可愛いっ!」
「マジヤバい!」
「俺源田さんハマった!」
「え、ね、今日俺ん家来ねぇ?!」

口々に言葉を発する男子に俺は唖然とする他無かった。俺の言動は逆効果だったのか。皆好き好きに物を言うだけでなく、俺を取り囲む距離が縮まっているように思える。 

「じ、じも…っ」

寺門に助けを求めようとしたが男子の壁で姿が見えない。きっと壁の向こうで制止の声を掛けてくれているのだろうが、最早この壁は聞く耳すら持っていないらしい。寧ろ半分理性を失っているようにも感じた。

どうしよう。怖い。

「お前ら俺の源田に何してんの」

不安と恐怖を拭い去ってくれる声は間違いなく佐久間のものだった。寺門の声は聞こえ無かったのに佐久間の声ははっきりと俺の所に届く。そして俺を安心させてくれる。

「取り敢えず群がってる奴らは退け。散れ」

そう言って間も無くして人の群の中から佐久間の姿が見えた。今朝見た佐久間と少し違うと感じたのは、シャツのボタンは全開で中に着てるTシャツが見えていたからだろう。

俺の目の前に来ると、突然顎を掴まれ強制的に上を向かされる。あまりにも突然だったので首の後ろに少し痛みが走った。痛いと思った時には佐久間の顔が直ぐそこにあり自然と頬が熱くなる。

「お前、他の男を目の前にしてへらへら笑ってんじゃねぇよ」
「……お、おえんああい」

顎を掴まれているので口が動かし難く、母音しか出て来なかった。子音が無いと間抜けだなあ、なんて考える余裕が出来たのは佐久間から顎を解放されてからだった。

今の佐久間はまるで威嚇剥き出しの獣だ。出会って間もない頃の佐久間を見ているようで無意識に吹き出す。当然目敏い佐久間が気付かないわけもなく、訝しげな表情に睨みが追加された顔をされてしまった。

「何だよ」
「いや、出会った頃の佐久間もそんな感じだったなあと」
「そうだっけ?」

忘れた。とぶっきらぼうに言って俺の机に座る。

(絶対覚えてるな)

俺からは背中しか見えなかったが腕組みをしているのは分かった。その背中はいつも見る頼りになる攻撃手としての背中ではなく、年相応の男としての背中だ。佐久間を縁取る線は細いのに、その線が作り上げた全体像は思った以上に大きくてしっかりしている。

「源田は俺のモンだから。手、出したら心身共に覚悟しとけよ」

そう言うや否や佐久間は机から降りると振り返ることなくさっさと教室を出て行ってしまった。俺にキレて物騒な発言をして去っていっただけのようだが佐久間の行動を簡潔にまとめるならば、ただ、心配してくれているだけなのだ。本当に分かり難い性格をしている。けれどもそれが佐久間なのだから仕方が無い。

佐久間が出て行った後の教室は水を打ったように静まり返る。直後、一斉に騒がしくなった。

「え、何?!佐久間と源田さんって知り合い?!」
「つかどう言う関係!??」

佐久間が最後に吐き捨てた言葉の意味が相当気になるのか、俺は再び質問攻めに合う。

(心配してくれるのはいいが助けても欲しかったな……)

俺が返答に躓いていると先程よりも一層厚くなった人の壁を掻き分けて寺門が俺の隣に来た。寺門は寺門でげんなりしているようだ。本当に申し訳無い。

「佐久間は源田にこいつの事を頼まれてるからああ言ったんだよ。佐久間だけじゃねぇ。サッカー部全員だ」
「なんだ」
「つまんなーい」

みんな納得したのか口々に思ったことを言う。恋愛沙汰に発展するのを激しく期待していたようだった。実際は皆が期待していた通りなのだけれど。
しかしそんな事は絶対に言えない。何せこのクラスにも佐久間に好意的な人が居るのを俺は知っているから。

一気に萎えたのか人の壁は見る見るうちに解体され各々の席に着く。しかしその際にとある男子の一言にまた周りが沸騰し、逆に俺は背筋が凍りつく事になるとは誰が思うだろうか反語。



8月15日


「なあ、源田さんと源田って超似てんじゃん」
「そうだな」
「って事は源田も女子の制服似合うんじゃね?俺間に入ったら姉妹サンド!みたいな!」

「っ!??」



*****
終わり方が良くわからないです。ナニコレ(珍)的な。←

どうでもいいですがこの間地元が県民showに出ました。わあーい。

201205.加筆修正


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -