8月14日 [ 14/31 ]



気まずい。何でだろう。非常ーに、気まずい。

8月14日

昨日は結局あのまま早退を余儀無くされ、最初の準備運動くらいしか部活に参加していない。だから今日は昨日の分も取り戻すつもりでいたのだが佐久間の指示は至って普通だった。いつも通り。通常通り。特別な事は何もなくただ準備運動をして体を温めてその日その日のメニューをやる。

わざとなのかそうで無いのか、佐久間の態度もいつも通りだった。俺だけが気まずくなっていてバカみたいだ。けれどもいつも通りにしようとしてもつい、意識してしまう自分がいる。一体全体どうしたと言うのだろうか。

「集合っ!」

ピシッとした声がスタジアムに響き渡る。それだけで胸がドキリとなるのは明らかに異常の事態だった。
佐久間を中心に半円になるよう囲む。他の部員は座ってはいるが、佐久間は一人ライン上に立っていた。

「今日の練習は此処まで」
「佐久間先輩、早く無いですか?」

佐久間の終了の声にすかさず成神が反応する。佐久間は腕を組みながら成神の方を向くと淡々と続けた。 

「明日は登校日だからな。響いて休んだりしたら教師達がウルサイだろ?只でさえ夏休み中は通常よりもハードなメニューをしてんだ。体を休める日も必要ってこと」
「うっわ!佐久間先輩って意外と結構考えてるんですね!」
「うっせぇ眉神」
「成神です」

他に質問は?と体勢はそのままに、視線だけを動かして全員を見る。そして「あ」と短く言った寺門が手を上げた。

「明日は練習どうすんだ?」
「明日は自主練。丁度中間日だしな。今までの練習や試合で自分の弱点が分かっただろ?だからそれを克服するための時間にしてやる」
「つまりは時間やメニューは自分で組み立てるっつーだけで、結局はあるってことだな?」
「弱点が見付からなかった奴は来る必要無ぇんじゃねぇの」
「……悪魔」

この半月で自分の弱みに気付かなかった者は要らない、と半分言っているようなものだ。しかし佐久間はそんなことで簡単に切ったりはしないだろう。だからこそ態とあんな風に嫌味ったらしく言うんだ。それがひねくれ者なりの激励。

もう一度、質問があるかを訊いて同じように視線を移動させる。今度は居ないことを確認したのかハッキリと「終了っ!お疲れっ」と最後を締めた。


全員が部室へ戻ったのを確認して一人になった俺はいつも通りボールの手入れや後片付けをしていた。籠の中のボールを取り出して一つ一つ丁寧に拭く。室内だからそんなに汚れていないように見えて、実は結構汚れていたりするのだ。蹴った時に芝生の土ごと抉った時は必ず土が付くし、それ以降そのスパイクで他のボールに触れればそれも汚れる。スパイクで蹴られるボールはいつも傷だらけだが、痛々しいそれが誇りにも見えて思わずふっと笑った。

「何笑ってんだよ気持ち悪い」
「っ、…く、ま」

いつから居たのか。部室に戻ったのではないのか。問いたいことが次々と溢れてきたけれど、それらは全て喉の奥に飲み込んだ。否、飲み込まざるを得なかった。

何故なら、佐久間の唇が俺のを完全に塞いでしまっているからだ。

「ん、…っは…っ佐久間!」
「もっと長いのがお好み?」

ニヤリと口端を上げて笑う佐久間の顔は通常の何倍も近くにあって、今でも唇がまた触れてしまいそうだった。顔中に熱が集まるのが分かる。

「さっささっさくま!」
「あ?」
「な、ななっなななんで…っ」
「お前吃りすぎ。少しは落ち着け」

「はい、深呼吸ー」と抑揚のない声で言われ俺は思わず肺に一杯空気を取り込みゆっくりと吐き出した。何か、本当に落ち着いた気がする。今度はもう一度(さっきより小さく)深呼吸して、完全に落ち着かせた。

「部室に戻らないのか?」
「お前に用があるから」

磨いていたボールを奪われ、佐久間はそれをお尻に敷いた。用、と言われて直ぐに思い浮かぶのは昨日の出来事だ。

「あっ、の…き、昨日は……ありがとう、な。まだお礼言ってなかっ」
「んなことどうだっていいんだよ」
「……はい」

真っ直ぐ見られているのが分かるのに、俺はその目を見られない。俯いて鋭い視線を拒むことしか出来なかった。それでも佐久間は何も言わずに話を続ける。

「お前が帰った後にもっかいアイツんとこ行って制服借りて来た」
「あ、りがと…」
「源田幸次郎は所用で帰省中、代わりに2学期に転入しようかどうか迷ってる親戚のお前が見学も兼ねて15日は源田幸次郎の席に着く」
「結構、強引だな」
「いいんだよ。他の生徒らはお前の胸見てツッコミたい所は全部吹っ飛ぶんだから」
「う……。うまくいけばいいがな」
「絶対いく」

その自信は一体どこから来るのだろうと思ったが、佐久間だし、と思えば自分を納得させるのに充分だった。でも、ここまでちゃんと考えていてくれたのが凄く嬉しい。

「ありがとう、佐久間」
「……っ」

さらっと出てきた言葉に自然と表情も軟らかくなる。只でさえ部活の指揮をとったりして負担が掛かっているのに加えて俺個人の問題にまで関わらせてしまっているのが本当に申し訳無い。本来は自分ですべきことなのだから。

「佐久間に負担ばかり掛けるな」
「別に。源田だし」
「それは普段からお前に負担掛け過ぎだから今更と言う意味か?」
「ちっげーよばーか」
「いたっ」

さっきまでお尻に敷いていたボールが俺の胸に当たった。跳ね返ったボールは小さく跳ねながら佐久間の元に戻っていく。

「ナイスセーブ」
「うるさいっ」
「なあ、源田」
「なんっ…だ」

名前を呼ばれたから返事をしようとした、ただそれだけなのに気付いた時には背中や頭には芝生の感触がした。逆光の佐久間の顔が天井を背景に映っている。佐久間の両手は俺の顔を挟むように真横に付いていた。だから俺の両手は自由なのに、佐久間を退かせようと動こうとはしない。

「佐久間?」
「なあ、何で昨日自分からキスした?」

そう言われて脳裏に浮かぶ映像は薄暗い廊下で自ら佐久間の唇に自分のそれを合わせている所だった。直ぐに離して欲しくなくて握ったユニフォームが今日も目の前にある。折角落ち着きを取り戻した心臓も再び活発に動き出した。深呼吸だけでは落ち着かないことくらい承知だ。

「か、体が勝手に…い、嫌だったなら謝る、からっ」

何をこんなに必死になっているのだろう。もし本当に謝罪を要求されたらと思うと胸が苦しくなった。矛盾している。自分で言った言葉に自分で勝手に傷付いている。本当に、俺は随分身勝手になってしまった。

「んな泣きそうな顔すんなよ。可愛いけど」
「さ、佐久間っ」
「このまま顔近付けたら、またお前からやってくれる?」

徐々に徐々に近付いてくる佐久間の顔。両手が自由なのだから拒むことだって出来るのに、出来ない。顔の横に付いていた手は手の平から腕に変わった。いよいよ触れると言う間際で佐久間の動きがぴたりと止まる。

「佐久間?」
「拒まないの?」
「理由がない」
「その言葉の意味が聞きたい」

佐久間の息が掛かるほどこんなにも近いのに触れない唇がもどかしく感じる。

意味?拒む理由がないという言葉が指す意味。そんなもの無い。そう感じたからだ。違う。何が?意味はある。拒まないのは、嫌じゃないから。嫌じゃないのはして欲しいから。して欲しいのは、佐久間だから。どうして佐久間なんだ?そんなこと、決まってる。ずっと前から決まってた。ただそれに俺が気付かなかっただけなんだ。

「…き、…から」
「聞こえ無い」
「す、き…だから」

一度声に出してしまえば後は壊れたCDのように同じ所をぐるぐると繰り返すだけだ。

「さくまが、すきだからっ」
「……」
「佐久間じゃないとっダメなんだ」
「源田」
「佐久間が…好きだ」

いつの間にか溢れた涙は目尻を伝って横へ流れる。涙が重力に逆らえないように、自分の気持ちには逆らえなかった。結局、また一つ佐久間に負担を掛けてしまったことになるのかも知れない。

「やっと気付いたのか鈍感」 
「へ?」
「長かったなー…一年は待った。お前が気付くのに一年は待ったぞ。誉めてやりたい」
「佐久間……?」
「ちゃんと気付けたご褒美」
「……ンっ」

やっと重なった唇に胸が高鳴る。両手を佐久間の背中に回せばもっと深く口付けてきた。

苦しくなって、眉間に皺を寄せると佐久間が態とリップ音を出しながら離れた。離れたと言っても直ぐ其処にあるのだが。お互いの唇からは短く糸が引いている。息が上がっている俺に比べて佐久間は随分と余裕な顔をしていた。その微笑み方が妖艶で、視線を外せない。

「源田」
「……?」
「好きだ」
「さく、ま」
「ずっと前から」
「佐久間…」
「だから、覚悟しろよ」
「へ?なに…っんぅ」

再び重なった唇は、溶けてしまうんじゃないかと思うくらい熱かった。きっと、夏の茹だるような暑さなんかよりもずっとずっと熱かったに違いない。



*****
私の頭が暑さにやられてしまったに違いない。←

漸く気付きました。源田さん。駄菓子菓子、本当に此処で気付かせて良かったのだろうかと思う私がいます。
お話書くときはプロット作らなきゃだめですね。

201205.加筆修正



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