8月8日 [ 8/31 ]



8月8日

蝉は今日も相変わらず元気だ。空も太陽を掲げて澄み切った青空を主張している。俺はと言えば、いつになく元気が無い。理由は当然どうやっても隠せない主張している胸だった。

同じ寮生活でサッカー部の奴らには先に行って貰って正解だったな、と雷門中へ行くバスの中で考えていた。

滅多にバスに乗らないので少しだけ緊張していたが、くるくる変わる景色に胸を踊らせているとそれも直ぐに無くなった。俺達は休みでも、平日だからかスーツ姿の男性が多かった。始発では無いからそれなりに人が乗っているだろうと思っていたが、その人数も予想外だ。時間帯を考えれば、丁度出勤時間と被っている。

クーラーが効いているのに蒸し風呂状態のバスから降りたのは、凡そ20分程経ってからだった。降りた瞬間の解放感はどこかさらしを取った時と似ている。しかし直ぐに暑さがやってくるのが夏らしい。

「佐久間達は……」

バス停から少し歩くと雷門の校門が見えた。門の外に居ない所を見ると、恐らく中なのだろう。門を潜る前に立ち止まり、大きく深呼吸をする。肩に掛けたエナメルバッグの肩紐を胸の前で両手で握る。どうせさらしを巻くのだからと上半身用の下着は着用していなかった。

「源田?」

気持ちを整理していると後ろから声が掛かる。あまり聞き慣れていないが忘れたことはない声。恐る恐る振り向くと雷門イレブンのキャプテン、円堂守が走って来た。

「久し振り!元気だったか?」
「あ、ああ。久し振りだな。まあまあだ。そっちは?」
「俺はいつでも元気だぜ!」

夏にぴったりな笑顔は太陽よろしく眩しく感じられた。それは、俺の気持ちが今現在進行形で沈み気味だからだろうか。

密集したバスに揺られて只でさえ汗ばんでいると云うのに、この暑さでは直ぐに脱水症状を起こしかねない。今日はいつも以上に水分補給をしなければと思った。

「今日は宜しくな」
「此方こそ」
「にしても今日は暑いなあ……水分補給はいつも以上にしないとな!」
「今、俺も思っていた」

同じことを考えていたと伝えれば、円堂は嬉しそうに笑った。何だか彼の笑顔を見ていると元気が貰えるような気がする。佐久間とはまた別の意味で不思議な奴だ。お互い笑いあっていたら、雷門の中から誰かが走って来ているのが見えた。服装からして帝国ではないので、雷門の生徒なのだろう。

「円堂さーん!いつまで其処に居るんですか?みんな待ってますよ!」
「立向居、悪い悪い」
「もー……。あれ?其方は」
「帝国のGKの源田だ!お前も会いたがってたろ?」

円堂は立向居と俺の間に入って紹介し始めた。円堂以外にもGKが居たのは知っていたし何度か見掛けたこともあったが、話したことなど無かったので少し新鮮だ。

「帝国GKの源田幸次郎だ。宜しくな」
「あ、はいっ!立向居勇気です!」

お互い当たり障りのない挨拶をして握手を交わす。其処で突然何かに気付いた立向居が顔を真っ赤にして動かなくなった。円堂が声を掛けると、ギギギ、と云うような擬音が付きそうなくらいぎこちない動きで首を円堂に向ける。そして立向居が発した言葉に俺も青ざめることとなった。

「あの、円堂さん」
「何だよ」
「源田さんって……女性、だったんですか?てっきり男性だと……」
「何云ってんだよ。確かに髪の毛は長いけど源田は男だぜ!なっ、源…」

言葉の途中で声を出すのを放棄する。それは改めて俺を見た円堂が、俺の異変に気付いたと思っていいだろう。

俺の顔と、主張している胸とを交互に見る。口はぽかんと開き間抜けな顔をしているが、俺も人の事は言えない。この体に慣れてきてしまったからか、今の今まで女の体になってしまっていたことなどすっかり忘れていた。汗で張り付いたシャツがより一層胸を強調する。

「あ、え?おまっ……ぇええ?!」
「そのっ違っ」
「源田ああああ!遅いんだよっ!俺と鬼道さんを待たせるなと言っただろうが!」
「円堂も居たのか」

弁解しようとした時、佐久間の怒声と鬼道の落ち着いた声により遮られた。立向居は未だに顔を赤らめ、円堂はパニック状態に陥っている。俺はと言えば、ややこしい奴と救世主が来たと言った心境だった。

「き、鬼道っ!げ、げげ源田が、源田……」
「それは俺から説明するから取り敢えず集合場所に来い。立向居!お前もだ」
「……はいっ」

集合場所に行くように鬼道が促すと、二人は困惑しながらも走っていった。

「ありがとう、鬼道」
「昨日言えば良かったんだが、話しそびれてな。すまない」
「そん…」
「鬼道さんが源田如きに謝る必要なんてありません!」
「佐久間…」
「…佐久間」

何故だろう。いつもの事なのに、何だか悲しくなってきた。本当にに佐久間は鬼道が大好きなんだなあと改めて思う。

「俺もそろそろ行く。源田も着替えたらグラウンドに来い」
「ああ、わかった」
「じゃ、着替えに行くか。来い」
「うわっ」

思った以上に強い力で引っ張られ、思わずつんのめる。それでも佐久間はお構いなしに校舎の中へと入って行った。

歩きながら説明してくれたのだが、更衣室として教室を一つ開放してくれているらしい。唐突な練習試合の申し出なのに、何だか申し訳無い気分になった。

試合は俺が着替えてから30分後に行われた。午前中は雷門対帝国で、お昼休憩を挟んだ午後からは雷門と帝国のメンバーをごちゃ混ぜにした親善試合のようなものをした。

これはあまりにも新鮮で、色々と気付かされいい刺激になる。帝国メンバーの改善点や雷門メンバーの弱点、お互いの長所や短所など様々なことが分かった。

「つっかれたー!でも楽しかったー!」
「そうだな」
「源田君が女の子になっちゃったのにはびっくりしたけど」

円堂の歓喜の声が夕方のグラウンドに響く。それに対して雷門のエースストライカーの豪炎寺が同感の意を示した。後に続けて吹雪がにっこりと微笑みながら言っていたが、その笑みは円堂と真逆の笑顔だった。裏がある、そう言った点ではうちの佐久間と同じかもしれない。

「まあ可愛いから僕は構わないけど」
「吹雪、ちょっとくすぐったい」

自然な動きで腰に回された腕は白くて女の子のように見えたが、実際触れている手の平は男を感じさせた。そのギャップに戸惑ってしまう。

「なあなあ、源田のそれってやっぱ本物なのか?」
「え?ああ、まあ……一応」

上体を折って俺の胸の高さに視線を合わせまじまじと観察する綱海の目は好奇心に満ち溢れていた。正直、恥ずかしい。顔が熱く感じるのは、きっと夕日による直射日光だから。

吹雪の腕と綱海の視線。他にも、雷門のメンバーがちらちらと視線を向けてくるのが痛いほど分かる。仕方が無いと言えば仕方が無い。思春期真っ盛りの男子なのだから、全く興味が無いと云うわけでもないのだろう。

「俺の源田返して貰えます?」

わざとらしい大きな声は円堂のようにとまでは行かなかったがしかしそれなりに響いた。恐らくサッカー部全員の耳には届いた筈だ。

佐久間が俺と綱海の間に入り、吹雪から俺を奪うように正面から抱き締められた。少し強引だったと思うが、抱き締められた時どことなく安心したので不問としよう。

「源田は見世物じゃねーし、気安く触んな」

こんなあからさまに刺々しさを含む言い方は佐久間にしては珍しい。これはもしかしなくともご立腹なのだろうか。しかし、何故?

俺が黙って佐久間に抱きすくめられていると、風に乗ってふわっと匂いがした。その間も佐久間と吹雪、綱海の間には無言の火花が散っていたと云うのに、俺はそれに全く気付かずただその匂いを堪能していた。

「佐久間」
「なんだよ。今取り込み中だから黙ってろ」
「好きだ」
「は?」
「佐久間の匂い、凄く好きだ。落ち着く」

いつの間にか自分から佐久間の背中に腕を回していた。もっともっとこの匂いの傍に居たかった。それだけ。

「げ、源田?」
「んー?」

回した腕からはじっとりと湿ったユニフォームの感触が伝わる。佐久間の汗と土の匂いは俺の嗅覚を翻弄し、トクン、トクンと穏やかに打っていた鼓動が段々大きくなって来たのも分かった。

「シャワー浴びてないし」
「うん」
「汚いって」
「そんなこと無いぞ。これは今日一日の佐久間が頑張った証拠だ」

佐久間から抱き締めていたのに、今では俺が抱き付いている。佐久間が、居る。此処に。

「ふーん。佐久間君はこんな子可愛い姿を前にして何も手を出せないヘタレなの?それとも、手を出しちゃう節操無しなの?もしかして」
「吹雪!それ以上は云うな!教育的指導だ!」
「やだなあ鬼道君。そんなに必死にならないでよ」

耳の外で鬼道と吹雪の声が聞こえる。けれど俺の聴覚を支配しているのは佐久間の心臓の音だけだった。
ずっと耳を傾けていると、顔が胸に強く押し当てられる。背中に回された腕にも力が入っているのか胸が潰されて痛い。そして苦しい。

「っの垂れ目が……ふざけやがって」
「さ、くまっ…痛いっいたいいたい!」
「ああ、悪い」

首を捻るかと思った、と漏らせば「俺は胸が当たって気持ち良かったけど?」などと調子づいたことを云うのでスパイクで右足を蹴ってやった。この間腕を蹴られた仕返しの意味も込めて。

「てっめ……!」
「鬼道、今日は有難うな」
「あ、ああ。此方こそ」
「円堂は、いい後輩を持ったな」
「だろ?」
「源田先輩だっていい後輩持ってますよ!俺とか!俺とか!俺とか!!」

鬼道と円堂に挨拶していると、横から成神がいつもの調子で抱き付いてきた。成神の主張も間違ってはいないので、そうだな、と言って頭を撫でてやると気持ち良さそうに照れながら笑う。やっぱり後輩は可愛い。

「なあ、源田。今度GK同士でGK談義でもやろうぜ!な、立向居っ」
「えっあっ、はい!是非!」
「そうだな。楽しみにしてる」

夕日の眩しさはそう気にならないくらい、俺たちは夢中になって話していたらしい。気付けば終わってから大分日も落ちてきていた。

改めて雷門イレブンにお礼と別れの挨拶を交わして俺たちは帰路についた。

帰り道、佐久間の機嫌がすこぶる悪く、バスを待っている間に辺見がジャッジスルー(ボール無し)の餌食になっていた。まあ、怪我をしない程度ならいいかと皆も思ったのか、俺を含む誰一人として助けに入らなかったのは酷すぎたかなと少しだけ後悔と反省を心の中でした。

明日は機嫌が直ってるといいなあ。

ぼんやり考えていたら、夕日を背にして帝国行きのバスが此方に向かってくるのが見えた。帰りはみんな一緒に。たったそれだけのことなのに、凄く嬉しくて、とても安心した。

それは、隣に佐久間が座ったのと関係があるのだろうか。



*****
果たして完結してくれるのだろうか。

書くにつれて不安になりますうわあああ。
円堂間違えたエンドを全く考えずに書いてるのでしっちゃかめっちゃか支離滅裂ですね。もーう。

201205.加筆修正




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