:: 春コミ無配‐2 お題:『桜の木の下』て【煙草】【すえた臭い】を入れて(3Z) 桜の花びらが舞う中、俺は元担任に抱きしめられていて。 「先生、なんか、臭い」 白衣からすえた匂いがするし煙草の残り香と相俟って強く咽せる。 「多串くんと付き合えますようにって願掛けてたから白衣洗ってないんですぅー」 卒業してからの告白なら考えてやってもいいって言ったの、先生の方だろうが。 「多串じゃねぇっつーの、いい加減覚えろクソ天パ」 ぼそりと土方が呟いた一言を、俺は聞き逃さなかった。 「クソって……先生に向かってなんて口きくんですか!先生は多串くんをそんな子に育てた覚えはありません!」 更に抱き締める力を強くすると、腕の中の可愛い元生徒は身じろぎながら反論する。 「だから多串じゃねぇって…!それに、俺にとってはもう先生じゃねーし」 「ん、そうだよな。わかってるよ、土方くん。土方十四郎くん。十四郎、とーしろ…」 「何回も呼ぶなっつの。聞こえてるわ!」 担任と生徒として出会った去年の四月から一年。コイツの身長はグンと伸びて、それでも俺よりまだ少し低いけれど。抱き締める腕を少しだけ緩めて目線を下げると、予想通り赤く染まった耳朶が目に入った。 「十四郎、耳真っ赤」 「ちょ、もういい加減離れろ。誰かに見られたらどうすんだよ!」 名前を呼び耳の色を指摘したとたん、土方は急に腕の中で暴れだす。でも、これも予想通り。それが照れ隠しだなんてことはわかりきっているし、それに俺はこの腕の中からコイツを逃すつもりなんて、さらさらない。 「え、だって春休みだし、今日は俺以外教師だって誰一人来てねぇし、良くね?」 「…………………」 どうやら返す言葉がないらしい。暴れるのを止め、また大人しく俺の腕の中にいてくれるようだ。 ひっそりと、でも美しく咲き乱れる校舎裏の桜の木の下、もう少しだけこうしていたい気もする。けれど、太陽が出ているとはいえ三月の風はまだ少し冷たくて肌寒い。 「そろそろ寒くなってきたな」 「………少しな」 「じゃ、行くか」 「行くってどこヘ!?」 「んぁー?ないしょー。ほら、行くぞ」 腕を解き、土方の方を見ないまま左手を差し出ずと僅かな間の後でそれは少し冷えた柔らかい感触に包まれた。 誰もいない廊下に二人の歩く音だけが響き渡る。いつもはコイツら生徒達のはしゃぎまわる音で満たされる廊下や教室が、今日は当然ながら静寂に包まれていて。休日の職場に来ると、大抵この世に自分一人取り残されたような感覚に陥って物寂しくなったりするのだけれど、今日は左手に感じる温もりと感触がそれを忘れさせてくれた。 「内緒って言うからどこかと思えば…結局ここかよ」 目的地に到着し、空いている右手で白衣のポケットに入っているはずの鍵を探していると、隣から呆れたような声が聞こえてくる。 「いや、なんかあったけえもん飲みたくなって」 「まぁ…別にいいけど」 見つけた鍵で、その戸を開けた。――国語科準備室。ほとんど俺しか使ってない、俺の部屋みたいな場所。土方が俺に告白をしてくれた、特別な場所。 「まぁ、座ったら?コーヒーでいいだろ??」 「あ、あぁ。すいません」 急に丁寧語になった土方を可笑しく思いながら、ソファーに腰をかけるのに繋いだ手を離されて少しだけ寂しさを感じる。自分からそこへ座るよう促したというのにそんなことを思うだなんて、俺も十分可笑しなヤツだと苦笑いするしかない。ふぅっと一息吐いた後でタバコに火をつけ、一服しながらポットで湯を沸かす。土方にはいつものようにブラックのコーヒー、俺にはミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。二本目のタバコが短くなった頃、それは出来上がった。 「ほらよ」 「あ、ありがと」 くたびれた二人掛けのソファーに座る土方の隣に俺も腰を下ろし、インスタントコーヒーの香りが漂う中、二人同時にマグカップへ口をつけた。一口啜ると安心ずる甘みが口に広がって、それから暖かいものが胃にすうっと落ちていく。 「…静かだな」 「…うん」 「なぁーんか、変な感じ」 「…だな」 「土方くんが敬語じゃないのも、制服じゃないのも、学校や教室に誰もいないのも。………それと、土方くんがもうここには来ねぇのも」 「敬語じゃねぇのは前からだけどな」 「そうだった。つーかおめーら全員最初から最後までそうだったな。ちったぁ先生に敬意を払えっつーの」 「敬意払いたくなるくらいの先生になったらな」 「どこからどうみても敬意払いたくなりまくりの先生だろーが。どこに目ぇ付けてんですかコノヤロー」 「どこからどうみてもダークラ教師だったじゃねーか。教卓の下にジャンプ隠し持って教科書見てると思ったらジャンプ読みふけってたり、生徒には注意するくせに自分は授業中にアメとか食いまくってたし」 「そ、そうですね…すいませんでした……」 「でも、学校は楽しかった」 「そっか、そりゃ良かった」 そう、コイツはいつも楽しそうだった。クラスの仲間となんだかんだ言いながらいつも笑い合っていて、俺はそれを遠くから眺めているのが好きだった。そんな奴が何故か自分を好きだといってくれて、断っても断っても気持ちをぶつけてくれて。お前が卒業してからだったら考えてやってもいいよ、なんて試すようなことをしたにもかかわらず、こうやって馬鹿正直にきちんと卒業してから俺のところに来てくれた――。 ふと、本音が零れ落ちる。 「でもさ…ほんと……ありがとな」 「何がだよ」 「…何でもない」 「何だよ、言えよ!」 「うるさい。黙ってなさい」 手にしていたカップをテーブルに置くと、俺を睨みつけたままの土方にすっと寄って唇を奪った。コーヒーの香りとその苦さがふんわりと口の中に広がる。 「十四郎、苦い…」 「なっ!当たり前だろ、ブラックコーヒー飲んでんだから。先生こそ甘ったるいのとタバコの味と、あとその白衣!変な匂いするからもう脱げよ!そんで今日洗濯しろ!!」 「はいはい分かりましたよ、脱げばいいんだろ脱げば。まったく人の想いがこもった白衣を汚物みたいに言うんだから、これだからこの子は…。つーかさぁ、その『先生』ってのやめてくんね?ほら、もう俺ら恋人同士なわけじゃん??先生と生徒じゃなくなった訳だしィー」 「え、じゃ、じゃぁ何て呼べばいいんだよ」 「…ぎっ、ぎ…ぎんぱ、ち……とか?」 「なんで自分で言って赤くなってんだよ、気持ち悪ィ」 「…じゃ、じゃあお前呼べるんだな?」 「そ、そんなの呼べるに決まってんだろ」 「よし、じゃあ呼んで?」 そう言ってニヤニヤしながら顔を覗き込むと、またもやものすごい目つきで睨まれる。なのに、土方の口から出てきたのはその視線からは想像もつかない声だった。 「…ぎ、…ぎっ…ぎん、ば……ち」 目線を逸らし俯きながら、目元を赤らめ自分の名をたどたどしく呼ばれて。好きなヤツにこんなことされて、嬉しくない男なんているんだろうか。 「……ねぇ、どうしてそんなに可愛いの?」 「かっ…可愛くなんかねーよ!俺、男だぞ!?頭おかしいんじゃねーの?」 「……うん、可愛い」 「……キモい」 「でも……好き?」 返事は聞こえなかったけれど。未だに頬を真っ赤にしながら微かに頷くコイツはやっぱり可愛い。 本当に、可愛い。 どうしようもなく愛おしさがこみ上げて、俺はまた土方に顔を寄せ、今度は深く唇を重ねた。 多分、この場所でする最後のキス。 でも、俺たちにとっては、始まりのキス。 忘れられない、最後で、最初のキス――。 ぱっつち美味しいです!!読んでくださってありがとうございましたっ!! 2011/03/18 [back][top] |