甘い時間 | ナノ

:: 甘い時間

「ただいま」

アイツに会うまでは、
冷たい玄関に吸い込まれるだけの声が。

今では
それが深夜であっても、朝方でも。

「おかえり」

そう返してくれる人がいる。

たった4文字の言葉なのに
この声を聞くと、安心する。
本当はたまらなく、嬉しいんだ。

***

深夜4時。いつものように静かに鍵を回し「ただいま」と呟いてから靴を脱ぐと「おかえり」と言って白が寝室のドアから顔をのぞかせた。

「さみぃー!!」

部屋に入ってからも、隣の部屋で寝ている兄達を起こさないように小声で会話する。

「風呂沸いてるから」
「ん。いつもありがと」

帰ってきてから一緒に風呂に入るのが、今の日課になっていた。白の胸に背を預けながら湯船に浸かり、たわいもない話をする時間が実はすごく好きだったりするのだけれど。

「白さぁ、眠くねぇの?無理してんだったらほんと…」
「しつこい。もうその話はしない約束だろーが」
「いや、けどさ…しんどくね?」
「しんどくない。何回も説明してっけど、ちゃんと大学行ってるし、講義早く終わる日にはバイトもしてるし、銀時と銀八が呆れるくらい毎日早く寝てるからちゃんと睡眠時間も取れてるっつーの。まぁアイツらにとっては好都合なんじゃねーの?つか、てめー今度その話したら前みたいに毎日迎えに行くぞコラ」

白とこういう関係になってから初めのうちは毎日店まで迎えに行くと言ってきかなくて、あまりに頑固だからしたいようにさせていた。でもそれを知った兄達にこっぴどく叱られたのは結局自分だったことを思い出す。まぁ、白は白で相当お説教されたらしいが。

「はいはい、分かりましたよー。ねぇ白、髪洗って?」
「はいはい」
「はい、は一回でいいの!」
「てめー、さっき自分で『はいはい』つってたじゃねーかっ!!」

自分を纏っていた香水とか、酒とか、お客の匂いが洗い流されていくのと同時に、自分で作っていた『かぶき町No.1ホスト坂田金時』の仮面も剥がれ落ちていく。

白の手で、落とされていく。
だから、この時間が好きだ。

風呂から出て髪を乾かし、同じベッドに入って。今日もまた、いつものように白の腕の中で眠りにつく。

「なぁ白、そういやさ俺今度の土曜休みもらったんだ。どっか行かね?」

背に回る腕が更にぎゅうっと体を抱き締めてきたから、きっとこれは了解ってことで。

「どこがいい?何しよっか」
「別に…何でもいい」
「……あ、そだ。こないだ読んだ雑誌にホテルのスイーツバイキングが特集されてたんだけど、すげー美味そうだったんだよねー。俺それ行ってみたい」
「………………」

返事がないのは、異論なしってこと。

「ついでにさ、そのホテルに泊まっちまおーぜ。夕飯は外でなんか食ってもいいし、ホテルのレストランでもいいし。あ、ルームサービスでもいいな」
「金の無駄遣いすんな」
「無駄遣いじゃねーだろ。俺ほかに使うことねーしさ。たまにはゆっくりしたいんですぅー」
「ケーキバイキングは俺が払う」
「じゃ、決まりな」

少し身じろいで胸から顔を離し白の顔をちらりと見上げると、噛みつくように唇を奪われた。

これは、すごく嬉しい、のサインだ。

それに応えていると、口づけはどんどん深まっていく。静かすぎる寝室に自分達の吐息と舌を深く絡め合う音だけが響き渡って、鼓膜からも白の気持ちが流れ込んでくるようで。堪えきれず、微かに声を漏らした。

「ンぁ…んッ、ぅン……」

「…変な声出すな」
「変なちゅーすんな」

僅かに見つめ合ってから、同じタイミングで「ぶっ」と吹き出す。

「続きは週末ぅ」
「てめー煽りやがって…覚悟しとけよ!」

互いに顔は笑ったまま、今度は軽く触れるだけのキスをして。
温かい腕に包まれて、少し早くなった白の鼓動を聴きながら俺はそっと瞼を閉じた。

週末に訪れる『甘い時間』に想いを馳せながらーー。

2011/12/30

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