Eyeing Over | ナノ

:: Eyeing Over

「俺、今日はもう上がるわ」
「お?お前にしちゃ早いな。何かあんの?」
 モニターを見つめ、ノートパソコンのキーボードを叩きながら同僚の服部が問いかけてくる。

「いや、別に。つーか、たまには早く帰らせろよ。それに今日のジャンプまだ読んでねーし。じゃあ、お先ー」
「あぁ、ジャンプな...ってそれ俺のジャンプぅううううう!!!!」

 明日絶対持ってこいよ!俺まだ全部読んでねーんだからな!!などと喚く声に追い出されるように、職員室を後にする。

「うぁ。さっむ」
 薄暗くて冷えきった廊下が、俺の小さな呟きを吸い込んでいった。

 金時が職場の慰安旅行に行ってから3日目。
 今日、アイツは帰ってくる。
 
 ...確か夕飯には間に合うくらいに帰るって言ってたから、今日は何か作ってやってもいいけど。でも俺もウチに着くのは7時前になるだろうから、すぐにアイツが帰ってきたら外に食いにいってもいい。そういえば最近アイツと出掛けたこともなかったし。たまにはそれも悪くない。
 
 適当にぐるぐると巻いたマフラーに鼻先を埋め、コートのポケットに手を突っ込んで。教職員用の出入り口からバイク置場へと向かういつもの道のりが、今日はいやに短く感じた。


 ーーーけれど。
 家に帰ってから既に4時間以上が経っていて。時計の短針は、そろそろてっぺんを指そうとしていた。携帯にも何度か連絡してみたが、すぐ留守番電話に切り替わってしまう。

 まさか...家出か?
 でも今回の旅行だって店が休みなら自分は家にいたいと言って旅行への参加を散々渋って、最終的にはオーナー命令で連れて行かれたアイツのことだ...それはないと、思いたい。アイツが俺のことを好きなのも、わかってる。自惚れではなく。

 じゃあ事故?
 車で出掛けたから、それはあり得る。でもそれなら、家族である俺に一番に連絡が来るはずだ。
 
 何かのトラブルに巻き込まれた?
 金時もそこまで弱い男じゃないから、というかむしろ腕の立つ方だから、簡単にやられてしまうとも思えない。

 でも。
 もし、アイツに何かあったら。
 もし、このままアイツが帰ってこなかったら。

 今まで2人だけで生きてきて。
 俺の唯一の家族で、そして恋人で、何よりも誰よりも愛おしくて。
 そんな存在を失ったら、俺は......。

 悪い方向に考え始めるとどうにも落ち着かなくて、思わずまたタバコの箱に手を伸ばす。持ち上げたそれは思いのほか軽くて、家に着いてから封を開けたはずなのに、たった一本入っているだけだった。目の前の灰皿には、てんこ盛りの吸殻。
 
 そうだ、そこのコンビニまでタバコ買いに行こう。ついでにちょっと近所を見て回ろう。ライターと財布をジーンズのポケットにねじ込み、携帯とコートを手にして俺は玄関へと向かった。
 何より、この部屋に1人でいることに、俺はもう耐えられそうにない。

 下駄箱からスニーカーを出そうとその踵の部分に手をかけたところで、微かな物音を感じる。その瞬間、扉に鍵が刺さる音がして、直後に鮮やかな金色が隙間から射し込んできた。

「ただいまー。あれ?銀ちゃんどっか行くの??」
「いや、タバコ切れちまったから...」
「銀ちゃん、ごめん。高速で事故があって、ものっすごい酷い渋滞にハマっちゃってさ。今日は銀ちゃんと夕ご飯食いたかったから一人で先に帰ってきたんだけど、結局こんな時間になっちゃった。携帯も充電し忘れてて電源切れるしさ...って銀ちゃん聞いてる?」
「うん、聞いてる。もう分かったから、ずっと運転しっぱなしで疲れたろ。今日はもうさっさと風呂入って寝ちまえよ」
「銀ちゃん、...ご飯は?」
「こんな時間だし、もう食った」
「......ほんとにごめんね?」
「オメーのせいじゃねーだろ。早く風呂入れよ、沸いてっから。あ、飯食ったのか?」
「まだ...」
「じゃあ風呂入ってる間になんか適当に作っといてやるから」
「え...タバコいいの?」
「あぁ、もう今日はいいわ。明日朝買ってけばいいし」
「うん。じゃあお風呂先入るね。入れといてくれてありがと」
 浴室へと消えていくその背中をぼんやりと見つめながら、俺は台所へと向かった。

「うわ、すっげーいい匂いがするー!銀ちゃんのチャーハン久しぶりかも!!」
 しばらくして、風呂から上がった金時が髪を拭きながら台所でフライパンを振るう俺の後ろに立つ。

「もう出来るからとっとと髪乾かしてこいよ」
「はーい。でも...量多くね?銀ちゃんも食べるの??」
「おぅ。夜食だ、夜食。腹減ったし、俺自分の作ったチャーハン好きだし」
「はいはい。じゃあすぐ乾かしてくるからー」

 本当は、夕飯はまだだった。
 本当は、お前が帰ってくるのを待っていただなんて。
 本当は、お前が心配で夕飯のことなんて忘れてただなんて。
 本当は、お前が帰ってきてホッとしたから腹が減ってきたなんて。

 そんなこと、絶対、口に出して言えない。

「ご馳走さまでしたっ!銀ちゃん、美味しかったよ。ありがと!!」
「ん...」

 ラグの上で胡座をかきながら、箱に残っていた最後の1本に火をつけ一服していると、明日でいいと言ったのに自分がやると言ってきかなかった金時が食器を洗い終えてリビングに戻ってくる。そして、おもむろに横になり俺の膝に頭を載せてきた。

「灰が落ちんだろーが」
「3日ぶりの銀ちゃんなんだよ!?ちょっとだけでもイチャイチャしたいんですけどォー」
「俺これから仕事するんですけどォー」
「わかった、邪魔しないから!こうやってるだけだから!!」
「......重ぇし。お前ぜってーそのまま寝ちまうだろーが。さっさとベッド行けよ」
「んぁー、...もうちょっとだけー......」
「......ってテメーもう既に寝落ち寸前じゃねーかよ!ほら、連れてってやるから起きろよ」
「んー」

 瞼をこすりながらその体を起こした金時の横に立ち上がり、手を引いて寝室へと連れて行く。

「銀ちゃ...今日はほんとにごめん......」
「だからもういいっつーの。とっとと寝ろ」

 子供の頃からいつもそうしていたように額へ軽く口づけをして。布団をかけ直してやってから寝室を後にする。
 ーーーどっと疲れが押し寄せてきた。風呂に入って、俺ももう寝よう。
 
 さっとシャワーを浴びてから寝室に入ると規則正しい寝息が響いていて、それを聞きながら外した眼鏡をヘッドボードに置き、そっと隣に体を滑り込ませた。生活のリズムが真逆だから、こうやって金時が先に眠りにつくことはほとんどないと言っていい。
 それでも朝には、隣に体温がある。コイツが、いてくれる。
 
 3日ぶりに感じるその温かさが、酷く心地よくて。
 甘い香りが、たまらなく愛おしくて。
 起こさないように、逃がさないように、抱きしめた。


「んぅ...ぎん、ちゃ......」


 寝惚けているのか、夢でも見ているのか、それとも起こしてしまったのか。
 今となってはそのどれだとしても構わない。
 俺の胸元にもぞもぞと頭を擦り寄せてくる金時の背をもう一度引き寄せ、その金色の髪に唇を落とす。



 何故だか不意に、泣きそうになった。


 
 俺は、コイツがいないと、生きていけないんだ。
 この温もりを、手離してなんかやれない。

 眼に滲んだ何かのせいで視界がぼやけてきたから、小さく息を吸い、細く長くそれを吐ききってから俺も瞼を閉じることにした。
 今日は、よく、眠れそうだ。

2011/11/29

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